黒衣の集団
村の中でも一番立派な佇まいのその屋敷に足を踏み入れると、レインに湯殿へ連れて行かれた。
長に会う前に身なりを整えさせるつもりらしい。
村内に入ってから誰一人とすれ違わなかったが、湯殿まで来ると二人の女性が控えており、テキパキとルカの身体を洗浄し、湯に浸からせる。
人に見張られながらの風呂はどうにも落ち着かないが従うしか無い。
落ち着かない風呂のあとは、奇妙な袷の衣服を着せられ、髪と顔を整えられた。
慌ただしく支度を施され、女性達に連れて行かれた居室には同じように奇妙な黒い衣服を纏った10人程の老若男女が居た。
レインも並んで座っている。
出会ってからここまでずっと町娘の風体だったが、こうして黒一色のスッキリとした衣服を纏えばちゃんと男に見える。
彼らはルカが入ってくると、波を打った様に静まり返り、目を見張った。
「ルカちゃん!ようこそ!」
誰もが声を出せずにいる中レインが駆け寄り、彼らの中心にいる相手の前までエスコートし座らせてくれた。
レインは一人に向かって頭を下げて告げる。
「長、彼女がタクシス帝国皇女殿下、エヴァ様であらせられます」
ルカは内心の驚愕を現さないよう、微動だにしなかった。
ソワソンから王都チェスターまで、ルカが気付かない内にずっと張り付かれていたのだ。
コーエン達との会話も盗み聞かれているのも分かっていたが、ここまで筒抜けだったとは。
この男の諜報の能力の高さは桁外れている。
「……銀髪銀目。この見目の美しさならば、疑う余地もなかろう」
長と呼ばれた男は感慨深げにルカを見つめて嘆息した。
歳はレインの少し上くらいだろうか、烏の濡れ羽色の短髪にしっかりとした体躯。
スッキリとした目鼻立ちだが、目力は強い。
周りを囲む様に座する老若男女は白髪のご老人もいれば50代半ばの壮年や、豊かな黒髪を他靡かせる色気匂い立つご婦人、10代前半に見える少年と、多種多様だった。
「ガリキアへ向かうとの話は聞いている。だが、今あの街へ赴くのは得策では無い」
長の言葉にルカは目を見開く。
レインにはガリキアへ向かうとだけ話していたから情報が伝わっているのはしょうがない。
だが、何故ガリキアに向かうべきでは無いと言うのかは分からなかった。
そんなルカの思考を読み取るように長は続けた。
「タクシス皇太子殿下が北上しているとの情報が入っているんだ」
長の言葉に、今度こそルカは感情が隠せず顔を青くした。
どこから漏れた?
コーエンは誰にも話せないはずだ。
レインが漏らしたとしても、今ここでタクシス一向が向かっていると教えるのもおかしい。
「あの皇家の血筋は、同じ血筋の人間を嗅ぎ分ける。この村に居れば霧が匂いを誤魔化しはするが、貴女の痕跡を追っていた彼らはガリキアに狙いをつけた様だ。サヴォイアで一番多くの船が碇泊しているからな」
話を聞いて、いくらか逡巡した後、ルカは答える。
「……タクシス皇家について、貴殿が周知の範囲内でご教示願えるか?」
今一番ルカが欲しているのは情報。
この里の村人達を信頼するわけではないが、身動きできずに膠着状態で無為に時間が過ぎるよりはよっぽどいい。
「構わない。食後に時間を設けよう。これにて散開とする」
長の言葉で、周りに控える一同は深く頭を垂れ、足音も鳴らさず順に出口へ向かう。
「ルカちゃん、行こう」
その場に居た人間が部屋を出て行ったあと、引っ張られるようにしてレインに別室へ連れていかれた。
この屋敷の客室であろう一室は、一角に絨毯と長椅子とテーブル、奥には寝室と鏡台があった。
「ふう。お疲れ様!」
迷いなく長椅子に向かうレインは、ルカを長椅子へ座らせると絨毯に脚を投げ出して寝そべった。
「お前達は、どの程度私について知ってるんだ?」
「まあまあ、そういった話は後で兄さんと!」
「兄さん?」
「あっ、長はオレの兄貴!イケメンだったでしょう〜?」
聞きたい話は山程あるが、今はまだ話す気は無いらしい。
「ルカちゃん、どんな服も似合うねー!うちの里の衣装もぴったり!本当可愛い!」
垂れた目を更に垂らしてニコニコ顔で嬉しそうに話す。
そんなレインを睨み付けたが、一つ思い立って、長椅子から立ち上がりレインへ近寄る。
「へっ?何?」
ルカの行動が分からず寝そべっていたのを、レインは上半身だけ持ち上げる。
そこへ屈んだルカは、持ち上がった上半身の胸に向かって手を伸ばし、ペタペタと触った。
「……お前、本当に男だったんだな……」
声質はハスキーではあったが、喋り方も所作も女性にしか見えなかったレインの性別がずっと気になっていた。
胸板を弄られ続けるレインはポカンとした表情から一変して、腹を抱えて笑い出す。
「……はははっ!…そんなに、俺の変装、完璧だった?」
レインはとにかくおかしいとばかりに腹を抱えて大爆笑している。
目尻に涙まで浮かべる程の笑い具合。
大笑いされているルカは腹が立ってしょうがなく、レインを睨み付けた。
「あんな見事な変装じゃ見破れる訳ないだろう。だいたい、なんで女の扮装なんかしてたんだ」
「そりゃあルカちゃんに警戒されない為にだよ。最初から男の出立ちじゃ、顔見せた瞬間にダガー投げつけられちゃうかもしれないしね」
ようやく笑いも収まってきたのであろうレインは、目尻の涙を指で拭いながらニヤリと笑う。
「改めまして、この里の族長の弟のレインだ。お仕事は間諜と暗殺!よろしくね、ルカちゃん」
そう言ってレインは右手で握手を求めてきたが、その手を叩き落とした。




