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レイン

 寒い。

 パチパチと火の爆ぜる音と焚き火の匂いに気付き、目を覚ます。

 鬱蒼と繁った木々に囲まれ辺りは薄暗く、今自分の居る場所も時間も何も分からず一瞬混乱したが、王都での戦闘を思い出した。

 いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

 ルカの身体を温めるように、従属した獣が寄り添って目を瞑っていた。

「目が覚めたのね。少しは疲れが取れた?」

 少しだけ離れた開けた場所で、焚き火に鍋を掛けて湯を沸かす、あの女がいた。

「よくこんな所で、しかも怪物と居眠りなんて出来るわね。さすがだわ」

 フフッと、おかしそうに笑った。

 獣に凭れ掛かっていた身体を起こし、黒剣を持ち焚き火へ向かう。

 眠っていた獣も目を覚まし、ルカのあとを付いてきた。

「何故、お前がここにいる」

「追いかけてきちゃった」

 火にかけていた鍋を降ろし、布を浸して絞り、ルカへ手渡す。

「まずはその血塗れを何とかなさいな。服も預かってきてるの」

 そう言うと、以前カーティスに用意して貰った戦闘服と手荷物を持ち上げる。

 どうやら、汚れを落として着替えろということらしい。

 王都での戦闘で一度は胸は貫かれ、あちこち鉤爪で引っ掻かれ、着ていた修道服はズタボロだった。

「傷の手当てもするわ、見せてちょうだい」

「怪我はもう治ってる」

 王都では肩下の胸のあたりを刺し貫かれ、腕や脚にも沢山の傷があったが全て塞がっていた。

「……凄いわね。不思議な身体…」

 女は目を見開き、怪我があった箇所をマジマジと観察し、驚嘆した。

 ボロ服を脱ぎ、湯に浸した温かい布で何度も血を拭き取り、着替えを終えて焚き火の前に腰掛ける。

「ユノは……あの3人は無事か?」

「オッペンハイマーのお屋敷に居るわよ。安心してちょうだい」

 女の言葉を聞き、安堵の息を吐く。

 屋敷まで帰る事が出来たのなら、騎士や警備兵達に見咎められずに済んだのだろう。

 負傷兵だらけで混乱していたのも功を奏したのだろうが。

「とりあえずお食事にしましょ」

 女は手荷物からパンとスモークされた鳥肉を取り出す。

 城下町でユノと食べた王都の名物だ。

 疲れているせいで食欲は湧かないが、何とか口に放り込む。

 女は手際よく白湯まで用意している。

「それで、何故お前はここにいるんだ?」

「あら、褒めてくれないの?貴女の無事を確認して、王都に戻ってオッペンハイマーに伝えて、こうしてわざわざ荷物まで持ってきたのに」

 女はわざとらしいくらい悲し気に目を伏せた。

 ユノ達の無事を知れたのは有り難いが、どうにも胡散臭い行動だらけのこの女は信用ならない。

「…王都は今どうなってる?」

「大混乱!あんな怪物が四匹も現れたんだから。お祭りも中止になって、街中は兵士でいっぱい!」

 女は大袈裟に身振り手振りで説明する。

「貴女の事も騎士達が探しているわ。あと、あの隣国からきた御一行もね」

 ビクッと、ルカの肩が跳ねる。

 あの時、ウィンプルが外れなかったおかげで銀髪は見られていないが、ハーデスにはルカが何者なのかは知られてしまっただろう。

 まさか、リヴォア宮に招かれていた他国の外交官が、タクシス帝国の一団だとは思いもよらなかった。

「王都には戻れないでしょ?この後どうするの?」

 女は期待に満ちた瞳で身体を前のめりに倒す。

「お前には関係無い」

「そういえばまだ名乗ってもいなかったわね!レインっていうの!よろしくね、ルカちゃん!」

 女はルカを無視してグイグイ話を進める。

 常日頃、表情を崩さないルカでも、流石にうんざりとした様子が顔に出てしまってしょうがない。

「本当に貴女は見ていて面白いわ。怪物を従属させちゃうだなんて!」

 ふと、噴水広場でのこの女との会話を思い出す。

『ここへ向かう道中、あんな怪物が実在したのも驚いたけれど、あの一戦は体調がすぐれなかったみたいね』

 "実在"と言う言葉を使ったのは、存在を知っていたからではないのかと疑問が過ぎる。

「お前はこの怪物の正体を知っているのか」

 ルカの背後に寝そべる怪物を顎で指し示す。

「やだわ、レインって呼んでちょうだい。正体は知らないわね。ルカちゃん達をつけていて初めて見たもの」

 悪びれる事も無く、つけていたと堂々と言い放つ。

「存在は知っていたんだな?」

「昔、噂話で聞いただけよ。生き物を繋ぎ合わせて、怪物を造り出す研究があるだとかどうとか。ただのオカルト話だと思って聞き流しちゃったのよね〜」

 驚きに目を見開く。

 パヴァリア村で初めてこの怪物と邂逅した時に、声達も言っていた。

 自然のものでは無い、作られたやつだと。

 そんな技術が有るとは信じ難いが、実際に何度も異形の怪物から襲撃を受けている。

「……怪物が来る前、私に傷を負わせたのは何故だ」

「ああ、ルカちゃんの血に寄ってくるんじゃないかと思って」

「血?」

「そう、ルカちゃんの血の匂いね。王都に向かう途中、月の物がきてたでしょ?フラフラだったから気づいちゃった」

「あの時は経血の匂いに反応していたと?月の物がきていない時も、ソワソンに到着するまで毎夜やってきたが」

「う〜ん、とにかくルカちゃんの匂いを辿ってきてるんだと思うのよね。血液の方がより強烈だろうから、噂の王都で試してみたくて」

「噂?」

「さっき話した怪物の研究は、王都チェスターで行われてるんじゃないかって噂だったのよ。本当にすぐ怪物が現れたから驚いたけどね」

 つまり、王都チェスターで怪物を生産してるのなら、ルカの匂いに釣られてやってくるのではないか、という実験だったという事か。

 確かに、今までは夜にしか姿を現さなかった怪物達が、ルカが血を流した途端、日中にも係わらず襲い掛かってきた。

「……何の罪も無い民達が犠牲になる所だったんだぞ」

 怒りのこもったドスの効いた声で、女を睨み付ける。

「ソワソンではあんなに殺したのに、今更人の命なんて気にするの?まあ、あいつらは虫ケラ以下だから、死んだ事で世の為になったでしょうけれどね」

 女はニコリと微笑を浮かべる。

 そうだ。

 この女に憤りを感じる資格など、ルカは持ち合わせていない。

 罪の有る無し関係無く、ルカは既に沢山の命を殺めている。

 綺麗事など、言える立場では無いのだ。

「やだぁ、落ち込まないで。罪悪感なんて感じるだけ無駄よ。どうせ人は遅かれ早かれ死ぬんだし」

 女はあっけらかんと、人の死を何でも無い事かのように話す。

「……お前は何者なんだ?」

 こうして話していても目の前の女の正体が掴めない。

「私?ルカちゃんの敵では無いのは確かね。自分が何者か、知りたいのでしょう?力になれるわ」





「ようやく眠りにつきました」

「そうか…」

 執務室内は重苦しい雰囲気で充満していた。

 誰に聞かれるか分からない為、窓を開け放つ事すら出来ない。

 広場での騒ぎの後、泣き喚くユノを抱え馬車まで走り、ほうほうの体で屋敷に辿り着いた。

 ルカが連れ攫われてから丸一日経ったが、ユノは抜け殻のように部屋に引きこもっている。

 危惧していた王宮からの呼び出しも無い。

 あの場に騎士達やタクシスの皇太子が居たものの、皆、戦う修道女の姿に夢中だったようで、こちら側の印象は無かったようで追及の場に立たされずに済んでいる。

 何より、皇太子御一行は今日の朝には王都を出立した。

「それで、帝国の皇太子殿下には何を聞かれたんですか?」

 リヴォア宮でタクシス皇太子と謁見をした話はしていたが、怪物の襲撃から屋敷へ帰ってきてから慌ただしかった為、まだ詳しく説明出来ていなかった。

「ソワソンで銀髪銀目の女性に会ったかどうかの確認と、所在だ」

 どうやらルカと初めて対面した洋菓子店から俺の名前が上がったらしい。

 口止めも何もしていないのだから、話が漏れるのは当然と言えば当然だが。

「何て答えたんです?」

「『美しい女性をお見かけして、お茶をご馳走しましたが、その方が銀髪銀目でしたね』で、通した」

「それはまた……生きた心地がしなかったでしょう」

 カーティスはしみじみと溜息を漏らす。

「屋敷に匿っているのがバレているようでは無かったから、それほどしつこくは追及されずに済んで幸いだったが…」

 国王陛下から、あのルカにそっくりな美麗な皇太子を引き合わせられた時は些か動揺したが、聴き取り自体はすぐに終わった。

「……あいつを、何とか逃がしてやりたかった。まさか怪物が現れるとはな」

「ルカさんの話では、日中や街中には現れないとの事でしたよね」

「そのはずだ」

 二人が噴水広場へ到着した時は酷い有様だった。

 騎士団は負傷兵で溢れ、ルカは出血で血塗れ。

 皇太子殿下一行に見つかる前に逃してやろうと、屋敷に置いてあった禍々しい黒剣を持ってきていたのは幸いしたが。

 重症者はいるものの、一人の死者も出さなかったのも奇跡と言えよう。

「…ルカさんは、王都には帰ってこないでしょうね」

 あの騒ぎがあった日に、見知らぬ女が屋敷を訪ねてきた。

 ここ最近、屋敷の周りを彷徨いていた間者本人だと名乗った。

 その胡散臭い女の話によると、王都から少し行った山奥にルカは連れ去られたらしい。

「そのまま目的地に向かうだろうな」

「目的地ってどこ?」

 突然、幼い声が会話に割り込んできた。

 先程眠ったはずのユノが、生気を失った青白い顔で執務室の扉の前に佇んでいる。

「ユノ……」

「ルカはどこに行くつもりだったの?」

 コーエンは呻く。

 ルカはユノに新しい家族を与えたがっていた。

 コーエンとしても、出来れば王都でこの少年を暖かく迎え入れてくれる家族を見つけてやりたい。

 ルカの行き先が分かるとしても、そこまで連れて行くのは彼女が願ってはいないはずだ。

「すまない、ユノ…話せない」

「何で!?コーエンには迷惑かけない!一人で行くよ!だからお願い、教えて!」

長椅子に座ったコーエンに縋り付き、ユノは懇願する。

「……言いたくても言えないんだ。許してくれ」

 コーエンは以前"命令"をされている。

 ソワソンの屋敷でルカが執務室を訪ねてきた際、その場で交わした会話は誰にも話すなと。

「だが、連れて行く事は出来る。少し待ってくれ」

 日頃の張り付けた笑顔や、ルカに見せる呆れた顔とも違う真摯な表情をユノへ向け、コーエンは窓の外の闇を見つめた。

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