銀翼の獣
王都上空を物凄い速さで滑空し、街を囲んだ外壁すらも通り過ぎていく。
食い込んだ鉤爪で右腕が肩から外れそうだが、王都を離れる事が出来てルカには好都合だった。
あのまま銀髪の青年に捕まる訳にはいかなかったから。
母が言っていた、ルカの双子の兄。
あの男が"ハーデス"であろう事は、一目見た瞬間に分かった。
目が合った途端、恐ろしいほどの恐怖と恋慕のようなものが身体を支配した。
『ハーデスは、あなたを必ず見つけ出そうとする。そして惹かれあってしまう』
母の言葉が思い出される。
あの感覚が惹かれ合うというものだとしたら、何とも気味が悪く悍ましい。
冷えた指先が頬に触れただけで、身体中をまさぐられているような熱情が巡った。
頭の中では警報が鳴り響いているのに、身じろぎ一つ、瞬きすら敵わずにあの瞳から目が離せなかったのだ。
一瞬の邂逅であったはずだが、あの時世界は二人だけになってしまったのではないかと錯覚した。
「……ユノ…」
彼に会いたい。
怖くてしょうがない。
手を繋いで、抱きしめて、私を繋ぎ止めていて欲しい。
必ず戻ると約束したのに。
自分独りで逃げ出してしまったようなものだ。
彼がルカに依存しているのでは無く、ルカが彼に執着していたのだと今更になって気付いた。
王都上空から宙吊りにされて、どれくらいの距離を飛んだのだろう。
眼下には深い溪谷と森林地帯が広がっている。
降りるなら今だ。
まずは右腕に食い込んだ鉤爪を引き剥がさなければならないが、左手は鋭い尾を掴んでいる。
思いきって尾をきつく引っ張り、反動で暴れる怪物の腹目掛けて蹴り上げる。
「グェッ!!!」
怪物は呻き声を上げ、下降していく。
木々が近づいてきた所でもう一度腹を蹴り上げ、鉤爪の食い込んだ右腕を、肌が裂かれるのも構わず引き抜いた。
尾を掴んでいた左手も離し、木々が密集している中、枝をへし折りながら地面に着地する。
枯れ枝があちこちに引っかかり、傷だらけにはなったものの、骨が折れる事も無かった。
身軽になった怪物は上空を旋回していたものの、しばらくしてルカから少し離れた位置へ着地する。
黒剣を構えるが、地に降り立った怪物はルカを見つめるだけで鳴き声を上げる事もしない。
木々に囲まれた中での戦闘ならば、巨躯を持つ目の前の怪物には不利であろうが、こちらも武器は大剣である。
振り回して幹に刺さってしまう可能性も避けたかった。
更には王都での戦闘に加えて長時間の宙吊りに、ルカの身体も悲鳴を上げている。
このまま奴が動き出すまで、少しでも体力を回復させておきたかった。
睨み合いを続けて15分は経っただろうか。
"ルカー!"
"身体へいきー?"
久しぶりに頭に響く、いつもの幼い声達。
「ああ、出血も止まっている。お前達、久しぶりだな」
"あの街臭かったのー"
"変な匂いで入れなかったー!"
この声達の正体は今だに謎のままだが、王都が臭いという話も気にかかる。
ソワソンでは怪物に襲われなかったのにも拘らず、王都では日中の明るい中に姿を現した。
"ルカー、あの子に話しかけてみてー"
「あの怪物に?」
例の怪物とルカは一歩も動かずに今だに睨み合いを続けている。
"もう大丈夫ー!"
"言うこときくよー"
"良い子になったー!"
声達が何を言いたいのかはよく分からないが、いつまで経っても襲いかかって来ない怪物に対して、試しに声をかけてみる。
「来ないのか?」
怪物は翼も折り畳み、前脚を揃え、犬猫でいう所のお座りの状態のまま微動だにしない。
「私に従うならば、お前は殺さない」
睨み合ったまま続ける。
「従うか?」
すると怪物はグゥウと喉の奥を鳴らし、ソロリソロリと四つ足でゆっくり近づき、鉤爪で傷付いた右腕に嘴を擦り付けてきた。
「…そうか」
どうやらこの怪物にはルカの言葉が通じたらしい。
人型の怪物にも会話を投げかけた事もあったが、これまで一度もうまくいった試しがなかった。
"大丈夫だったでしょー?"
"良い子になったねー!"
ドッと気が抜け、そばの大木に身体をよりかけてズルズル座り込む。
そんなルカの身体を冷やさないようにする為か、怪物はルカの身体を包み込む。
「…温かい……」
四つ足の獣の身体に大鷲の頭。
倒した三体とは違い、この獣は少し大きく、翼は銀色に輝いていた。




