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援軍

 怪物は切り落とされた尾から大量に血を垂れ流し、狂ったように翼を振り回しては屋台にぶつかっている。

 祭りを楽しんでいた人々が押し合いへし合いながらも、いち早く逃げおおせていたのは幸いだった。

 これ以上被害を出さない為に、早々に決着をつける必要がある。

 血を流し過ぎたせいか貧血で立ちくらみはするが、貫かれた胸の出血は既に止まっていた。

手持ちは短剣と少数のダガー。

 細長い尾は短剣でも斬り落とせたが、致命傷は負わせられなかった。

 どうしたものかと思考を巡らせていると、にわかに辺りが騒めき出した。

「一番隊!構え!!」

「そこの君!早くこちらへ!」

 少し離れた位置に、槍を構え整列した騎士達の姿があった。

 街の治安を守る警備兵達とは違う、統制の取れた軍組織だ。

 騒ぎに駆けつけたにしても、早すぎる。

(…王国騎士団か…面倒な)

 このような事態を予期してはいなかったとはいえ、人々が避難している間に終わらせるつもりだったがそうもいかなくなった。

 たとえ倒せたとしても、目立った動きをすれば今度は騎士団から逃げるのに苦労する。

 今はまだ、怪物に怪我を負わされた、ただの修道女に見えるだろうが。

「突撃ぃ!!!」

 ルカがあれこれ悩んでいる間に、号令がかかり一斉に怪物へ槍を構えた騎士達が駆けた。

 向かってくる大勢の足音に気が付いた怪物は、苛立たしげに咆哮を上げ、空中へ逃れる。

「一番隊引けぇ!!」

 空中を旋回する鳥へ槍は届かない為、槍兵を下げる。

「ニ番隊!!放てぇ!!」

 そこへ控えていた弓兵達の矢が怪物へ降り注ぐ。

 手負いの怪物だが、一本も射られる事無く悉く矢をかわしていく。

 次々と降り注ぐ矢の雨に腹が立ったのだろう。

 一際大きく咆哮を上げ、翼で突風を起こし、弓兵の元へ急降下すると、嘴と鋭利な鉤爪で攻撃を繰り出す。

 途端に統制の取れていた陣形は崩れ、薙ぎ倒される者や鉤爪で引き裂かれる者の悲鳴で地獄のような状況に陥いる。

 人が多過ぎてダガーを投げつける事すら出来ない。

 とにかく、騎士団の元へ向かおうとすると、別方向から怪物の咆哮が響いた。

 新たに二体の怪物が、上空を旋回している。

「全部で三匹よー!倒せる?」

 遠くから、暴れるユノを抱えたあの女がニヤつきながら声をかけてきた。

「クソッ!!」

 手負いの一匹は騎士団に任せるとして、残りの活きのいい二体はルカが相手しなければならない。

 怪物二体は同時に急降下し、それぞれ嘴と鉤爪でルカを引き裂こうと滑空する。

 まず一体目の滑空中に目元へダガーを投げつけ、もう一体はすんでのところで攻撃をかわし、首筋へ渾身の力を込め短剣を突き刺す。

ガキンッ!!

 まるで鉄鉱石に刃を突き立てたかのような硬い音が響く。

短剣では首に突き刺す事すら敵わなかった。

 だが、一体目に投げつけたダガーは深々と目に突き刺さっており、グェッグェッ!と、地面を転げ回ってはいる。

 首は硬いようだが、目元は柔らかいらしい。

 そうこうしている内に、二撃目三撃目が怪物から繰り出される。

 鋭い鉤爪や尾がルカの身体を擦り、あちこち引き裂かれ血を噴き出していく。

 明らかに分が悪い。

 ルカの武器は飛び道具といえばダガーくらいしか無い為、二体からの連続する攻撃をかわすだけで精一杯だった。

 短剣では刃が短く、空中からの斬撃の応酬には耐えられない。

「…ルカっ…ルカ…僕が…!!」

 遠くで見守るユノが手を翳そうとするのが見えて、

「ダメだ!」

 短く、けれど伝わるようにユノへ投げかける。

 この場には人が多い。

 彼の能力を知られてしまえば、どんな扱いをされるか判ったものじゃ無いのだ。

 一瞬、怪物から目を離したのが悪かったのか、まだ一刀も入れられていない一体からの鉤爪がルカの左腕を引き裂く。

 動脈を裂かれたのだろう、血飛沫が上がった。

「っつ……!!」

 痛みよりも先に激しい熱を感じるが、運良くルカの腕から吹き出した血飛沫が怪物の目にかかったようだ。

 怪物は地に足をつけ、翼を羽ばたかせふらついている。

 フラついたままの一体へダガーを投げつけ、片目を潰す。

「グェエエエエ!!」

 今のうちにもう一本のダガーで更に目を潰す。

 両目を潰された怪物はドスンと身体が倒れ、地面を暴れ回った。

 一体は戦闘不能に出来たが、まだ一体残っている。

ダガーはもう無い。

 もう一体は最初に片目を潰してはいるものの、こちらはまだまだ好戦的だ。

 更には、騎士団側の一体も騎士達相手に今だに暴れ狂っている。

「ルカ!!」

 コーエンの声が聞こえた気がした。

 視線を巡らせると、少し離れた場所にコーエンとカーティスが駆け寄ってくる様子が見える。

 手にはルカの黒剣を持って。

 出血の酷い左腕を右手で押さえながら、コーエンの元へ全速力で駆けた。

 背後には怪物が迫る。

「投げろ!!」

 一瞬の間を持って、コーエンが黒剣をルカへ向けて投げた。

 ルカの背へ鋭い嘴が迫る中、コーエンの投げた黒剣はルカの右手に吸い込まれるように収まり、そのままの勢いで剣先を怪物へ向けて突き出す。

ザクッ!!

 上手い具合に怪物の腹へ突き刺さり、短い雄叫びと共に敵が絶命したのを感じた。

(まだだ!!)

 地面をのたうち回っているもう一体のそばへ駆け寄り、黒剣を横凪に振るえば、血飛沫を上げて首が斬り落とされた。

 短剣ではかすりもしなかったのに。

 改めて、この呪いの黒剣の凄まじさと心強さを身に沁みて感じた。

 残るは手負いで騎士団相手に暴れ回る怪物のみ。

 槍兵達の尽力により、崩れた陣形は立て直しつつあるが、かなりの犠牲者がでてしまっているようだった。

 寝かされているのは重症者だろう。

 衛生兵による手当てを受けている者も多数だ。

 怪物は今は空中で旋回している。

 何とかこちらに意識を向けさせなければならない。

ちょうど上手い具合に、誰かが手放したらしい槍が転がっていた。

 ルカは槍を拾い、兵士を狙う怪物に向けて投げる。

「何をする!?」

 一連の行動を見ていた騎士が呼び止めるも、気にしない。

 投げた槍はちょうど怪物の片翼を掠め、攻撃を繰り出してきたルカを見つけると、狙い通りに怒り狂いながら滑空してきた。

 重心を低くし身体を捻り、右手に持った黒剣を右下の背後へ構え、向かってくる怪物の首元へ遠心力を使い剣を振るう。

ザシュッ!!

 首と胴体が離れ、そのまま怪物は地面に激しく叩きつけられるように落ちた。

 広場は血塗れ。

 驚愕の表情を浮かべる騎士達だったが、しばらくの静寂の後に喝采が沸き起こった。

「うおおおおお!!」

「おい!立てるか!?」

「無傷の者は怪我人を運べ!」

 壊れた屋台や血で染まる石畳みと、興奮で雄叫びを上げる騎士や指示を出す隊長格やらで一気に騒がしくなる。

 そんな騒々しい中にいるルカは、立っているのもやっとだった。



「ハァッハァッ…ッツ!!」

 無理な体制で連続した戦闘が続き、かなりの出血量で身体も支えていられない。

 そんなフラつく重い身体を横から支えられる。

「…素晴らしい戦いだったわ…!ああっこんなにも血を流して…!貴女の白磁の肌に、深紅の薔薇でも咲き乱れているよう。私にっ、もっと語彙力があれば!貴女の優美な姿を称える事が出来るのに」

 興奮して感極まって涙ぐむタレ目の女がルカを支えていた。

 ルカの腰に腕を回し、血に塗れた手の甲に頬擦りをする姿は狂気染みている。

 この女が何を考えてルカに関わろうとするのかは読めないが、今はただただ鬱陶しい。

「離せ」

 掴まれた手を振り払い、ユノを探す。

 彼はすぐそばで涙を溜めてルカを睨み付けていた。

「ユノ」

「…な、んで…」

 ユノは肩を震わせルカを睨みつける。

「何でっ僕を庇ったの!」

 ポロポロと涙が溢れ出す。

「自分を犠牲にしないって約束したじゃないか!ルカがっ…死んじゃうかと…」

 耐え切れなくなったのか、血塗れで土埃だらけなのも気にせずにユノはルカへ抱き付く。

 そのまましゃくり上げるように声を上げて泣き出してしまった。

「ダメだよっルカ……勝手に、死んじゃダメっ…」

「…ごめん。ユノを傷付けるつもりは無かったんだ。君を置いて、先に死んだりしないから」

 ルカの胸が、ユノの温かい涙で満たされていく。

「僕っ、強くなるから……ルカを守れるくらいに…」

 涙でぐちゃぐちゃになった顔でルカを見上げた。

 こんなにも血に塗れた自分を、ユノは恐れるでもなく正面から向き合おうとしてくれている。

 愛おしい彼を抱きしめる事で、ようやくルカは安堵の息がつけた。

「ルカさん!」

「ルカ…無事で良かった…!」

 コーエンとカーティスもそばに駆け寄ってきていた。

「助かった。コレが無かったら死んでいたかもしれない」

 片手に掲げる血に塗れた黒剣を見つめながら感謝を伝える。

 コーエンとカーティスは神妙な顔で頷いた。

「お前に伝えなければならない事がある。急いでここを離…」

「皇太子殿下!危険ですのでお下がりください!」

 コーエンの言葉は、騎士の大きな声に掻き消された。

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