謎の女
「ルカ!これ美味しいよ!」
ユノは、カーティスが買ってきた王都名物のチキンに御満悦のようだ。
ルカも一口食べてみる。
スモークされた鶏は、肉の旨味が凝縮されていて、ハーブの香りが口の中を清涼にする。
名物と言われるだけある。
「うん。美味しいね」
「でしょ!」
ユノの嬉しそうな声を聞いているだけで幸せを感じていた。
間者を炙り出すためとはいえ、街へ繰り出した彼が楽しそうなのがルカにとっては心が温まる。
「ユノ」
くるっと顔を向けた動作の彼に、チキンを差し出す。
「もうお腹いっぱい?」
「うん、食べてくれる?」
「任せて!」
弾んだ声でチキンを受け取る。
どうやら両手にチキンを持って貪りついているようだ。
目を隠していなければ、その微笑ましい姿を見る事も出来ただろうが。
ニコニコと、ユノの方へ顔を向けていると、
「…早く大きくなりたいなぁ…」
ユノがポソっと呟く。
彼は10歳前後の平均的な子供達より身体が小さい。
ルカと出会う前に一体どんな暮らしをしていたのかは分からないが、低身長で華奢な体型である事が不満なようだ。
「たくさん食べて寝れば、すぐに私を追い越すよ」
「ルカを守れるようになるかな?」
「うん、きっとユノは強くなる。体術も教えようか」
ユノの頭を撫でながらルカは答える。
「本当!?僕、絶対に強くなる!」
この子にはルカと同じく不思議な能力もある。
出来るだけあの力を使わせないためにも、自分の身を守る術は与えたい。
「ルカはどうやって強くなったの?」
「…私は物心付く頃には護身として、剣術と体術は習っていたんだ。他にも色々教えてもらったよ」
先生であり家族であった従者のジュードは、厳しいながらも良き師だった。
村が襲撃される前までの穏やかで平和な日常は、思い出す度に胸が締め付けられる。
「ユノ、何か飲み物を買ってきてくれないか?」
懐から小銭の入った袋をユノへ渡す。
「分かった!ゴミも捨ててくるね!」
ベンチから飛び降り、屋台がある方へ駆け出す。
ユノが一定の距離を離れたのを確認し、
「…随分と慎重な鼠だな。出てこい」
ベンチの後ろにある木へ向かって呼びかける。
カーティスと別れた後、背後から自分達を探る何者かの影に気付いていた。
相手からの反応は無い。
「無理矢理引き摺り出されたいか?」
再度呼びかけ立ち上がると、足音も立てずにベンチの側に何者かが現れた。
殺気は無い。
コーエンの邸宅でも気付いてはいたのだが、害をなそうとする雰囲気は無かったのもあり、どうしたものかと測りかねていた。
「私に用があるのだろう?何が目的だ」
「…ただ、見ていただけよ」
柔らかい口調で有りながらもどこか中性的でハスキーな声質だった。
喋り方は女性的だが、声を聞く限りは男とも女ともつかない。
周りに人気が無いのを確認し近付き、目隠しを外す。
焦げ茶色のウェーブがかった癖っ毛の髪は柔らかく波打ち、垂れた目をしたどこか色気のある女が立っていた。
女性にしては身長が高い。
歳の頃は20代前半だろうか。
どこにでもいるような町娘の風体をしているが、隙がない。
「タクシスの者か」
「いいえ。貴女に興味があって」
「嘘偽りなく答えろ。誰の指示で私を見張る。目的を言え」
「目的だなんてそんな。誰からの指示も受けてないわ」
薄く笑みを浮かべる表情からは胡散臭さしか読み取れない。
ルカの"命令"にも反応を示していない様子だ。
「いつから私を追っている?」
「初めてお見かけしたのは、森の中にある燃える山小屋。あの時の貴女の美しさに感銘を受けたの」
女はニッコリと顔を綻ばせる。
「人身売買組織の生き残りか」
「いいえ?あんな掃き溜めのゴミ屑のような連中と一緒にされるのは心外よ」
心底迷惑そうに顔を歪める。
何とか驚きを気取られぬように表情を変えずにいたが、あの場に組織の人間以外の者が居た事に全く気が付かなかった。
五感の鋭いルカですら分からないくらいだ。
この女の隠密は桁違いに優秀なのだろう。
「今思い出しても感動で身が震えるわ。血で赤く染まる地面の上を舞い、一つ一つの命を無残にも散らしていく姿…。貧民街での一軒家も、遊興街の地下室も…一瞬で生を終わらせてあげる優しさを持ちながらも、荒々しさと怒りが垣間見えて…」
頬に手を当て、ほぅっと嘆息する女を見てルカは戦慄する。
あの場全てを知っている口ぶりだが、気配すら感じ取れていなかった。
ならば、王都のコーエン邸ではルカと接触する機会を作る為にわざと影をチラつかせた事になる。
間者を誘き出す為の今回の計画も、この女には全て筒抜けだっただろう。
「ここへ向かう道中、あんな怪物が実在したのも驚いたけれど、あの一戦は体調がすぐれなかったみたいね」
「……」
「中々お一人になってくれないものだから、お声がけ出来なかったのよ」
「私と話がしたいが為に、付け回していたと?」
「ええ、そうよ」
女はにこやかに受け答える。
「ならばもう満足だろう。死にたくなければ、このまま立ち去れ」
この女には暗示も効かないようであり、周りには人も多くいる。
目的は分からないままだが、これ以上会話をしても埒があかない上に、殺意も見て取れない。
ユノの帰りを待つ為に、再びベンチへ向かう。
「二度と私達の目の前に現れるな」
正直、この薄気味の悪い不気味な女とは一刻も早く離れたかった。
「待って!私はあなたの力になりたいの。それと、一つ試したい事があるのだけれど、いいかしら?」
女へ顔を向け直す前に、素早くルカの腕が取られた。
抵抗するよりも一足早く、女はルカの手首に刃物を当て、切り口は薄いものの血が滲み出す。
「!?」
ベンチから飛びすさり、女と距離を取る。
殺気のカケラもない女の様子に油断していた。
悔しさから、歯噛みするように低い声で問いかける。
「…何が目的だ…!」
「危害を加えるつもりではないの。ちょっと試してみたくて」
片目を瞑りペロッと舌を出す。
その女の悪びれない様子に腹立たしさが増した。
「ああ……正解。来たわ」
女が指を差した方角へ顔を向けると、激しい突風と羽ばたき音に加えて、男女入り混じった多数の叫び声が耳を劈く。
「きゃああああ!!」
「なっ!?何だあれ…!?」
「うわぁああああああ!!!」
空中で旋回する巨大な鳥のようなものがそこにいた。




