コーエンとカーティス
リヴォア宮殿内。
コーエンは謁見の間で待たされて、かれこれ30分は経っていた。
ここに呼び出されたという事は、国王にもご拝謁賜るという意味だろう。
だが、今だに宰相も大臣も、他国の外交官とやらも姿を現さない。
(これだから嫌なんだ。時間は有限なんだぞ)
城下町に降りているルカ達の様子も気になる。
何も起こらなければそれはそれで幸いなのだが、妙な胸騒ぎが治らない。
(…こんな事に時間を割いてる場合では無いのに)
コーエンが一抹の不安を抱いてあれこれ思案していると、国王が着座する際の鈴の音が鳴り響く。
片膝を立て、下げていた頭を更に低める。
一拍の間をおいて、声がかかる。
「久しいな、コーエン。息災であったか」
距離はあるが、この国の最高権力者であるユリウス・アウグスドゥルス国王陛下の声が響いた。
「この度のお招きと暖かいお言葉、誠に恐悦至極にございます」
下級貴族であるコーエンではあるが、貴族の位を購入する前から王家とは繋がりがある。
サヴォイア国内随一の貿易商の取り扱う商品や彼との繋がりは、裕福である事の象徴でもあった。
「メリテネから取り寄せた生地は、見事な刺繍が施されておった。我が愛しの姫達で取り合いであったわ」
「有り難きお言葉に感謝申し上げます」
(姫達、ね…)
ユリウス・アウグスドゥルス国王陛下は、歴代類を見ない程の好事家であると専らの噂である。
噂だけに留まらず、リヴォア宮殿に王妃以外にも側室の宮が4つ。
離宮にも愛人を数人囲っており、度重なる増税はその姫君達の贅の肥やしとなっていた。
王室の財政は圧迫の一途を辿っているはずだ。
「登城させたのは他でもない、情報収集に特化したオッペンハイマーを見込んでの事だ。面を上げよ」
国王陛下に言われてしまえば顔を上げざるを得ない。
ゆっくりと顔を上げて玉座へ視線を向け、絶句した。
ここ最近、よく見知った顔。
銀髪銀目の、ルカと瓜二つの顔がそこにあったからだ。
コーエンと合流するべく、貴族の住宅街寄りの城下町入り口でカーティスは待機していた。
この辺りは人もそれほど溢れていない。
とはいえ、普段よりは混雑しているが。
ルカの修道女姿は危惧していたような目立ち方はしなかった。
一時間程の散策の間に、間者からの接触や視線はない。
我が主人を見張っているのだろうか。
さすがに王宮にまで侵入するとは思わないが、主人の到着が遅い事も心配ではあった。
謁見へ向かったコーエンは、私たちが城下町へ降りる時間になっても屋敷へ帰ってこなかったのだ。
城内で他の貴族にでも捕まっているのだろうか。
貿易商として有能であり、見目もそこいらの貴族よりも麗しく、まだ若い。
浮いた話が無いのも貴族のご令嬢達からは好感触だった。
以前までは、オッペンハイマー家の躍進の為、どの家と繋がりをつけるべきか精査していたコーエンだが、今ではめっきりそういった話もしない。
それどころではなかったのもあるが、一番の理由はあの少女だろう。
女性に対して繕う事なく自然体で会話をする主人の姿は新鮮だった。
(…この調子では、妻を娶るのも随分と先になるだろうな)
そんな事を思案しながら主人の到着を待っていると、一台の馬車が慌ただしく走ってくるのが見えた。
オッペンハイマー家の紋章入り。
馬車が停まり、中から転がるようにコーエンが飛び出してくる。
「ルカは!?」
「予定通り、噴水付近で散策中です。随分時間がかかりましたね」
懐中時計を取り出し時刻を確認すれば、約束の時間はとうに過ぎていた。
「…まずい事になった。すぐに合流しよう。あいつらの手荷物も持ってきている」
真っ青な顔で冷や汗まで浮かべている。
「何がありました」
「…あいつの兄貴が、特使として入国していた」
その時、城下町から爆発音が響いた。




