鼠
夕食中、カーティスはユノへ食事のマナーを教え込みながらもどこか気もそぞろであった。
コーエンも呆けていて、給仕が部屋を出て行くたびに「そうか…だからか…」「…目隠ししてよく普通に食べられるな」など、ルカを見ながら独り言を呟いていてこちらが心配になる程だ。
食後、客間へ通されたルカとユノはそれぞれ湯に浸かった後、部屋で暖かいハーブティーと共に穏やかな時間を過ごしていた。
コーエンがユノの分の客間も用意していたが、彼が嫌がり今回も同室ですごしている。
「長旅で疲れただろう。寝台に入ると良い」
眠た気な目を精一杯開けようと努力はしているが、頭が船を漕いでいる。
ユノは首を振り、目を擦り、それでもルカの隣から離れない。
「…ルカにはお兄さんがいるんだね。会いたい?」
応接間での話をしっかりと聞いていたらしい。
少しだけ逡巡し、ユノへ答える。
「私の家族は三年前に死んだんだ。会った事もない人を兄だとも思えないし、会いたいとも思わないよ」
ユノの頭を撫でながら答える。
母からは会ってはならないとも言われていたし、村を襲った人間がタクシスの連中だと思うと、憎しみすら湧いてくる。
撫でていた手をユノは両手で掴み、
「じゃあ、僕がルカの家族になる!僕が守るから、絶対に離れていかないで」
眠気まなこの目を懸命に見開いて、仔犬のような可愛らしさで下からルカを覗き込み哀願する。
その愛らしい仕草に、若干15歳のルカですら母性本能というものを感じざるを得なかった。
ルカは微笑を浮かべ、
「…ならまずは、たくさん食べて、寝て、体力を付ける事だ。おいで、一緒に寝よう」
ユノの手を引いて寝台へ二人で潜り込んだ。
本邸へ着いてから三日、ルカは身動きを取れずにいた。
王都チェスターの検問を潜り抜けた三日前よりも検閲は厳しくなり、街中を巡回する警備兵が増えているらしい。
一年間の作物の実りへの感謝を女神へ捧げる、ファラ・メイヴ感謝祭も迫っている。
感謝祭への浮き足立った空気感により、明らかに警備が厚くなっている事に民衆の誰も違和感を持っていないようだ。
また、感謝祭中の王都チェスターに他国の外交官が視察に来るという。
国名は伏せられていたが、噂では国交の深いレーゲンスブルクかエッシェンバッハからの使者ではないかと街中の娘達の間で話題だそうだ。
トロイへ行くにはサヴォイア国北西に位置するガリキアか、タクシス帝国領であるゴートから出航する貿易船に乗り込むしか無い。
ゴートを経由しトロイへ向かうなど、自ら危険に身を投じる事になりかねないので、ガリキアからの船に乗り込むつもりだが、今年中に出航する船は三週間後の一便で最後らしい。
王都からガリキアまで歩いて二週間弱。
もちろん、夜に怪物による襲撃を受け、道程が遅れる可能性を鑑みてだ。
乗り合い馬車で村や町を経由するならば10日程だろう。
このままじっとしていては確実に間に合わなくなる。
ルカは焦っていた。
あれだけ慕ってくれているユノに里親を見つけてあげる事も出来ていない。
もう一つ気掛かりもあった。
どうやらオッペンハイマーの屋敷は何者かに監視されている。
屋敷内には入り込んでいないだろうが、庭園近辺から視線を感じる事が度々あった。
人身売買組織の残党がコーエンを狙っているのか、はたまたルカを狙った何者かなのか。
どちらにせよ何が目的なのかは聞き出さなければ残していくユノが心配だ。
だが、相手が隠密として優秀過ぎるせいか、五感に優れたルカですら尻尾を掴めない。
ここは一つ、不安の芽を早々に摘んでおく為にも誘き出すしかないかと考えあぐねいていた。
「少しいいか?」
ルカとユノのいる客間へ、扉をノックする音と共にこの屋敷の主人であるコーエンがやってきた。
せめてもの置き土産とばかりに、ユノへ勉強を教えていた手を止め、迎え入れる。
「他国の使者が感謝祭を視察する話をしただろ。どうやら、要人警護の為に期間中は今よりも警備体制が厳重になるようだ」
コーエンの話によると、明後日から三日間の期間中は王城では式典・城下町では朝から晩まで屋台や酒場で寝ずの宴が連日続くらしい。
一日目は女神へ、パン・肉・葡萄酒を捧げ、最終日である三日目は蜂蜜入りの葡萄酒を貴族から貧民まで分け隔て無く振る舞われる。
それぞれの土地に点在する司教や司祭が主導して執り行なう、教会の一大行事だ。
パヴァリア村には教会が無かったのもあり、パンを捧げる程度で終わっていたが。
「お前が言っていた屋敷の周りをうろつく間者も、今の所は見つけ出せていない。祭りが終わるまではここで大人しくしていた方が無難だろう」
「ファラ・メイヴ感謝祭か…」
ルカは思案する。
「今この時期に街から街を移動するだけでも目立つ。どこも祭りの準備で殺気立っているからな。しばらくは屋敷内で休息…」
「利用するか」
コーエンの言葉を遮り、ルカは頭の中で考えていた計画を話す事にした。
「うろちょろされたままではいつまでも落ち着かない。表舞台に誘い出してやろうか」




