王都チェスター
サヴォイア国の王家と中央政府のある王都チェスターは、ソワソンとは比べ物にならない規模を誇る巨大な都市だった。
街を囲む巨大な門を潜ると、城下町では市場が開かれ、整備された道も美しく、様々な店舗が軒並み並んでいる。
広場には大きな噴水と立派な時計台、女神ハルペイアを奉る古風な赴きの教会。
それらの街並みを物珍しそうに馬車の窓から、ユナが目をキラキラ輝かせて見つめていた。
「ソワソンよりも凄いだろ。この国の中枢だからな」
流れる街並みに釘付けのユノへ、コーエンが語りかける。
「あれが王城?」
ユノは遠くに見える巨大な城壁に囲まれた、一際荘厳な建物を指差す。
「ああ、リヴォア宮殿だな。王家が住まい、議会が開かれる」
コーエンが説明していく。
王宮から一番近い区画には、公爵家や侯爵家・伯爵家の順で屋敷が立ち並ぶ。
城下町に近い場所に住む程、爵位は低い。
オッペンハイマーは数年前、貧乏貴族から男爵位と小さな領地を金で買っており、発言権の無い下級とは言え貴族ではあるらしい。
「そろそろ本邸だ。今日は一先ず身体をゆっくり休めると良い」
男爵位とは言え、オッペンハイマー家は豪商。
下級貧乏貴族とは比較にならない財力を有している。
ソワソンにあった屋敷程では無いが、広い庭園を持つ新しめの屋敷の門から馬車ごと玄関へ進んだ。
「お帰りなさいませ、旦那様」
玄関からエントランスホールへ入ると執事が挨拶で出迎える。
両脇にはズラッと侍女や使用人が並んで立っていた。
コーエンの後にカーティス、その後ろにルカとユノが続く。
主人以外の人間に気付き、ハッとする様子が窺えた。
「…彼女達は、ソワソンから別の領地へ奉仕先が変わるとの事で、道中を共にした大事な客人だ。ゲストルームの用意を頼む」
コーエンが告げる。
使用人達が驚くのも無理は無い。
ルカとユノは、検閲をスムーズに潜り抜ける為に、それぞれ修道女とお付きの少女の扮装をしている。
銀髪を隠す為に頭にはウィンプルという修道女の頭巾を被り、銀目を隠す為に白い布を巻いていた。
ルカにとっては目が見えない年数が長かった為、何の違和感も無かったのだが、三人からはそこまでする必要があるのか何度も聞かれる始末。
更にはユノが、少女の格好をするのをかなり嫌がった。
どこに組織の人間が紛れ込んでいるか分からないと説得し、ようやく変装を受け入れてくれたのだった。
「皆様に女神ハルペイアの御導きがございますよう。少しの間ですが、よろしくお願い致します」
ルカが首に下げたハルペイアのシンボルを模した首飾りをを手に挨拶をすると、執事が急いで礼をする。
「かしこまりました。滞在用の部屋をご用意致しますので、今しばらく応接間にてご休憩下さい」
「一度自室に戻るが、すぐに俺とカーティスも合流する。茶菓子の用意を」
コーエンは執事へ告げると、ルカとユノが応接間へ向かうのを見送った。
長椅子に腰掛け紅茶とケーキを頂き、ユノと二人で一息ついていると、しばらくして渋い顔をしたコーエンとカーティスがやってきた。
コーエンは人払いをして息を吐く。
人が居なくなったので、ルカは目隠しを外しコーエンに向き直る。
「…その格好で正解だったな。どうやらお前はお尋ね者らしい」
やはり。
ソワソンでは目立ちすぎたからこその変装だったのだが、自身の軽率な行動を思い返し後悔が頭を巡った。
苦々しい顔でコーエンは紅茶を口に運びながら続ける。
「銀髪銀目の少女を探すよう、サヴォイア国全領地で検閲を強化しているらしい。うちの従業員から報告が上がっていた。どう考えてもお前の事だろう」
ケーキに夢中になっていたユノがフォークを止め、ルカを見上げる。
「…ああ、私の事だな」
「ただ、ソワソンでの事件の容疑者としての尋ね人では無いらしい。今まで詳しく聞かなかったが…何かしたのか?お前の人間離れした強さも、あの怪物の事も……不思議でしょうがないのだが」
「何もしていない。何故追われているのかもはっきりとは分からないんだ」
「何もしていないのに追われているのか?確証は無いまでも、心当たりくらいはあるだろう?」
長椅子に腰掛けたコーエンは膝の上で手を組み、ルカへ追求を続ける。
背後に控えるカーティスも表情までは変わらないが、気になっている様子だ。
ユノを任せたいのもあり、このまま彼らの猜疑心を募らせるのも良くない。
王都からの脱出すらも厳しくなってしまうだろう。
あの日の事を言葉で伝えるには、心が抉られる程にまだ記憶に生々しいが、これ以上中途半端に彼らを付き合わせるべきでもない。
周りに人の気配が無いのを確認してから、ルカは腹を括りゆっくりと話し始めた。
「…辺境領地にあるパヴァリア村を知っているか?」
「いや、うちとは交易はないな」
目立った特産品も無い小さな村だ、コーエンが知らないのも無理は無いだろう。
「三年ほど前、襲撃を受け……村は焼かれ、私の母は私の目の前で自ら命を絶った」
コーエンとカーティスは目を見開き息を飲む。
「襲った連中は私と母を探しているようだった。母の従者は一太刀で殺され、私だけがこうして一人生き残り、逃げおおせている」
出来る限り感情を混じえないよう、淡々と事実を述べる。
ユノが心配気にルカの手を握りしめた。
「…暴漢達に心当たりは?」
カーティスが訊ねる。
「野盗の格好をしていたが、連携の手際の良さはどこかの組織に属する者達だろう。統率をしていた一人はアドルフという名。もう一人はレイナード。その二人は母が見知っている人物のようだった。会話から、タクシスの手の者だと分かっている」
事件後意識を失っていたルカの中では、三年前が一か月程度前の話だ。
忘れるはずもない二つの名前。
その時の会話や状況、母がタクシス皇家から逃れてサヴォイア国へ流れて来た話をする。
ここまで話すつもりは無かったのだが、他国を行き来するオッペンハイマーに話す事で少しでも情報が欲しかったのもあった。
ユノを連れて行く訳にもいかない理由でもある。
だが本当の所ルカは、自分でも分かるくらい憔悴してしまっていて、誰かに聞いて欲しかっただけなのかもしれない。
コーエンとカーティスは、話を詳しく聞けば聞くほど目を瞠り、絶句していった。
「…俄には信じ難い話だが……。そういえば、タクシス皇家の人間は銀髪銀目だという噂話があったな…」
「ええ、大陸の民は茶系や黒系や金は一般的で、銀髪自体が希少ですね。というか見た事有りません」
二人でどんどん話を進めていく。
「他国の者が、小さな村とはいえサヴォイア国内の領地を襲うなど信じられん。国交問題に発展するぞ」
「我が国では話題にも登っておりませんのも不自然ですね」
「まてよ……アドルフ……タクシス帝国第一騎士団団長…銀翼の盾と称される、アドルフ・フォン・ベルンハイマー…ではないよな?」
「皇家がルカさん親子を探していると、母君は仰っていたのですよね?ならば、アドルフ団長の可能性は捨てきれないかと…ちなみに、母君のお名前は」
「アレクシアが、母の名だ」
皇妃殿下!?と、二人はそれぞれ声を上げ硬直したのだった。




