怪物との邂逅
「ギィヤァアアアア!!」
「ギィイイイイ!!」
あとニ軒分ほどの距離といった所で、一体は飛び上がり、一体は猛スピードでルカとの距離を詰める。
ルカは近くの木の元へ駆け、思い切り跳び上がり太めの枝へ乗った。
飛び上がって距離を詰めて来た一体が、ルカの立っていた地面へ着地した所へ、木から飛び上がり怪物の頭上から黒剣で斬りつける。
瞬時に身をかわした怪物だったがルカを避けきれず、右腕を切り落とせた。
「ギィイイイイ!!」
激しく血飛沫を上げのたうち回る怪物を横目に、走り込んでくるもう一体へ斬りかかる。
避けられてはしまったものの、大剣の切先は怪物の腹を少しだけ切り裂いた。
(…身体が重い)
集中しているからか腹部の鈍痛はそれ程気にはならないが、貧血なのは変わりない。
今の一連の動きだけで息が上がった。
腹を斬り裂いた方の一体が雄叫びを上げながら襲いかかってくる。
長い両腕を伸ばし、爪の斬撃がルカの身体を掠めた。
二度目の斬撃はかわしきれず、ルカの頬を切り裂く。
思うように動かせない身体に歯痒い感覚を抱きながら背後へ下がった所へ、斬り落とされた右腕から血を流しながら一つ目の老婆が蹴りを繰り出す。
二体からの畳み込まれるような攻撃についていく事が出来ず、ルカは腹部に蹴りを受けて吹っ飛ばされてしまった。
倒れ込むルカ目掛けて奇声を上げながら一体の怪物が飛びかかり、何とか黒剣で塞ごうと剣を握り直した瞬間。
ボワっ!
迫り来る怪物の頭が燃えた。
倒れ込んだまま後ろを振り返るとユノが血の気の引いた厳しい表情で怪物を睨みつけていた。
ユノの背後にはコーエンとカーティスが驚愕の表情を浮かべて、金縛りにあったかのように微動だにせず突っ立っている。
「ユノ!」
燃える怪物へ向けて両手を翳し、静かな声で
「…ルカは僕が守るんだ。絶対に」
強い意志を言葉へ滲ませ、怪物から目を離さず呟いた。
「ギィヤァアアアア!!」
燃える頭を抱えながら地面を転げ回る。
今のうちに体制を整えるべく地面へ手を突き、ルカはフラつきながら立ち上がった。
そこへ片腕の老婆がルカの横を抜け、ユノへ向かって飛び上がる。
燃え上がる怪物に意識を持っていかれていたユノは反応出来ない。
ルカは黒剣を片手で逆手に持ち、力の限り怪物へ投げ付けた。
背中へ黒剣が突き刺さり、顔面から地面へ突っ伏す。
全力で怪物へ駆け、足で老婆を押さえつけ黒剣を引き抜き、そのまま首を刎ねる。
はぁはぁっと肩で息を吐いていると、頭が燃えたままの怪物がルカに飛びかかり押し倒されてしまった。
「クソッ!」
下敷きにされてしまったが、顔が燃えている為か老婆の力はそれ程強く無い。
ルカは老婆の腹を何度も殴り付け、怪物が呻いてよろけた所で身体を押し退け素早く立ち上がる。
背中から仰向けに転がった老婆の心臓目掛けて剣を突き刺した。
「ギィヤァアアアア!!」
雄叫びは段々と小さくなっていき、怪物はとうとう動かなくなった。
怪物から剣を引き抜き、黒剣を地面に突き刺し息を整えていると
「ルカ!」
ユノがルカへ飛びつく。
月の物による体調不良と激しい戦闘で疲弊していたルカは支えきれず、ユノを抱えたまま尻もちをついた。
「…良かった。…ルカ…良かった」
心底安堵したのであろう事がユノの声に反映されていた。
身体は小刻みに震えている。
あんな恐ろしい怪物を目の前にして立ち向かったのだ。
コーエンとカーティスも今だに固まったままでいるのを見ると、ユノだってとてつも無い恐怖を感じていたに違いない。
「…ありがとうユノ。守ってくれて」
縋り付いたままのユノを優しく抱きしめ返す。
ビクッと肩が震えたあと、だんだんと落ち着いてきたのか、ユノはゆっくりと身体を離した。
そして先に立ち上がり、ルカへ手を差し出す。
「ルカ、行こう」
ユノが笑顔でルカを引っ張り上げた。
黒剣を背負い、ユノと手を繋いでコーエンとカーティスの元へ行く。
二人は呆然と怪物を見つめていた。
「廃屋のそばで火を焚いてくれ。あいつらは炎や明るい場所には寄り付かない」
「…承知致しました」
カーティスが廃屋の中へ戻る。
薪と火種を取りにいったのだろう。
コーエンは今だに動けない様子だった。
ユノに、コーエンと一緒にその場を動かないよう言い含め、山賊達の方へ向かう。
男達は恐怖に怯えた表情で立ち尽くし、啜り泣きのような音も聞こえた。
首領の前までやって来たルカは、目を見開いたまま声も出せずにいる男へ告げる。
「一刻も早く、この場を立ち去れ。死にたくなければ我々には関わるな」
話しかけられた首領の男はしばらくは放心状態だったが、
「…行くぞ」
手下達を引き連れ、足早に元来た道を帰っていった。
「…あれは何なんだ…」
廃屋の前で焚き火に当たりながら、コーエンが死んだ怪物へ視線を投げ、掠れた声で訊ねる。
「私にも分からない。ソワソンに着くまでは毎夜やってきた。さっきのような老婆の姿の怪物もいれば、牛の頭を持つ大男や、大蛇の身体の女もいる」
ルカは続ける。
「…私が居ると皆に迷惑をかける。やはりここで別れた方が良さそうだ」
ポツリと呟いたルカの言葉に、ユノがいち早く反応する。
「僕はルカと居るよ!離れない!」
ルカの手を取り懇願する。
「強くなるから!ルカ、僕をそばにいさせて」
強い眼差しをルカへ向けた。
「ユノ…」
「…ずっと一人であんな怪物を相手にしていたのか」
信じられないとでも言いたげな声でコーエンが呟いた。
「ルカさんの人間離れした強さの理由が何となく理解出来ました」
カーティスはメガネのブリッジを押さえ、短く吐息を吐く。
「…黙っていたのはすまない。私がいなくなれば怪物が襲ってくる事はないはずだ」
しばらくの沈黙の後、静かにコーエンが発する。
「…まあ、お前ならあの怪物は何とか出来るんだろ?」
「野盗も追い払って下さいましたしね」
「残りの二日間は野宿するような事にはならないよう、慎重に進めば良い」
「そうですね、御者と相談します」
二人の会話にルカは目を瞬く。
「それより、お前やっぱり体調悪かっただろ?」
「戦いの最中もフラついてましたね」
「焚き火は俺達が見ておくから、中で休め。あと数時間もすれば夜も明ける」
コーエンがルカの背を押すが、この場を去るつもりでいたルカは驚きを隠せず、目をぱちくりさせた。
「ルカ!」
ユノがルカの手を引っ張り廃屋の中へ促す。
「…ありがとう」
困ったような笑顔浮かべ、ルカは3人へ感謝を述べた。




