招かれざる客人達
ソワソンを出て三日。馬車での移動は快適だった。
日が翳る前には宿屋のある街で宿泊をする。
その為かなり緩やかな進行具合だが、今の所、人身売買組織の残党や野盗にも襲われていない。
街の灯りを嫌ってか、怪物も現れる事はなかった。
このままスムーズに行けばあと二日程で王都へ到着する筈だった。
「この近くに空き家がありました。今夜はそこで休みましょう」
焚き火に使用する為の枯れ枝を集めていたルカとユノへ話しかけるカーティス。
街道を走行中に、馬車が脱輪してしまったのだ。
御者の男が馬車を修理している間にだいぶ日が落ちてしまっていた。
カーティスと共に空き家へ向かえば、元々は集落であったのが分かるが、ほとんどの民家は朽ち果てており、崩れかけてはいるが一軒だけマシな家屋があった。
室内へ入ると、埃塗れにはなっているものの、床は抜け落ちたりはしていない。
「来たか。とりあえず今日はここで寝る。雑魚寝にはなるが、暖炉はあるから凍え死ぬ事はないだろ」
コーエンは手際よく床に積もった埃を箒で掃いていく。
「分かった。もう少し薪を拾い集めてくる」
ルカが家屋を出て行こうとするとユノも着いてきた。
季節は冬だ。
もうすぐ日が完全に落ち切ってしまう。
夜通し火を落とさない為にはそこそこの量の薪が必要だった。
「…ルカ、大丈夫?」
枯れ枝を集めながら、心配気にユノはルカの顔を覗き込む。
「大丈夫。心配ないよ」
ユノを安心させる為に、精一杯の笑顔で答えた。
だが顔色はいつも以上に青白い。
ルカは月の物が来ていた。
酷い貧血による眩暈と、下腹部を襲う鈍痛。
初潮を迎えてすぐ、12歳のあの日に何もかもを失ってからは目覚めるまで大木と一体化していた。
その為、ルカにとってはこれが二度目の月の物だった。
(こんなにも身体が不便になるものなのか…)
心臓はやけにバクバクするし、吐き気も込み上げてくる。
"ルカ辛そうー!"
"休んだ方が良いよー!"
例の子供達の声が頭に響く。
休みたいのは山々だが、何とか気力を振り絞り枯れ枝を集めきる。
ユノと共に廃屋へ戻ると、家の前ではカーティスが焚き火をしていた。
水の入った鍋を沸騰させている。
「おかえりなさい。身体が冷えたでしょう、白湯をどうぞ」
カップにお湯を入れ、ルカとユノに手渡す。
冷えた指先が温まっていった。
「ありがとう。屋内は平気そうか?」
「床も丈夫そうでしたし、他の廃屋には薪も積まれていたので、今夜一晩くらいは過ごせそうですね」
そう言って、軽食として持って来ていた干し肉を炙っていく。
「おい!中でもう十分休めるぞ!家ん中入れ」
コーエンが3人へ呼びかける。
室内へ入ると、先程の埃塗れの床はだいぶ払われていた。
暖炉も火を付けたようで、外よりはかなり暖かい。
拾ってきた枯れ枝を暖炉脇に置き、床に座る。
「おい、毛布敷いてあるんだからそこに座れよ」
床に直で座っているルカへ向かって不機嫌そうに言葉をかける。
「…そうだな、ありがとう」
ルカはユノを手招きし、毛布の上へ座り直した。
「食事も温まりました。少し早いですが夕飯にしましょう」
パンの香りを漂わせる包みと干し肉を盛った皿を手に、カーティスと御者も暖炉の前にやってくる。
一人一人へ温まった包みを渡し、
「馬車の修繕も終わりましたので、明日の朝は恙無く出発出来そうです」
カーティスは報告をしながら、干し肉を盛った皿を暖炉の前に置く。
「旅程にはさほど影響は無さそうだな。ニ日後には王都だ」
干し肉を一つ掴み、コーエンは齧り付く。
皆が食事を始める中、ルカは食欲が湧かず、手にした包みを持ったままぼんやりしていた。
「…ルカ」
ユノが心配そうな顔でルカを覗き込む。
「…大丈夫だ。食べるか?」
手に持つ包みをユノへ渡す。
下腹部に広がる鈍痛と吐き気でどうにも食べる気になれない。
「なんだ?お前体調悪いのか?」
コーエンがパンにかぶり付きながらルカへ顔を向ける。
「いや、少し寝不足のようだ。先に休んでいる」
ルカは貧血で重い身体を持ち上げ、みんなが食事をする場所から少し離れて壁を背に座り込む。
カーティスが気遣わし気に、毛布を手渡してくれた。
「食事は残しておきますので」
「すまない」
毛布を被り、目を瞑る。
パチパチと暖炉の薪が爆ぜる音を聞きながら、女である事の辛さを身を持って実感していた。
"ルカー!"
"起きてー"
ザッザッザッ
例の子供たちの甲高い声と共に、不規則で雑な足音が聞こえる。
数は6、7人といった所か。
瞼を開き室内を見渡せば、消えかけ燻った暖炉の前で毛布に包まって眠るコーエン・カーティス・御者の3人が居る。
ユノはルカへ寄り添うようにして同じように壁を背にして眠っていた。
肌蹴た毛布を掛け直し、ユノを起こさないよう静かに立ち上がる。
酷い貧血がルカを襲ったが、壁に手をついて何とか踏みとどまった。
(…クソ。こんな時に)
あの足音からして、野盗か何かだろう。
もしくは人身売買組織の残党が追って来たか。
暖炉の光りが漏れたこの廃屋に気が付いたのだろう。
側に置いた黒剣を背負い装備を整え、足音を立てずに廃屋から外へ出る。
男達の潜めた話し声が聞こえた。
「お前見て来いよ」
「メシと女がありゃあラッキーだなぁ」
「おキレイな馬車があったからな、そこそこ金はあるだろ」
「腹減った〜」
どうやら近くで廃屋の様子を窺っているらしい。
話の内容的に、野盗の類いであろうと予想する。
「お頭ぁ、どうする?」
「まずはお前達二人、偵察して来い。他はここで待機だ」
頭と呼ばれた男が手下へ指示をする。
少し離れた場所から男が二人、廃屋へ近づいて来た。
(不用心だな)
ルカは懐からダガーを取り出し、男二人の足目掛けて投げつける。
ギャッ!と悲鳴を上げ、地面へ崩れ落ちる。
ダガーは男達の足元を掠めて、少しの切り傷を与えて背後の木々へ刺さった。
暗い中、重い身体でありながらも狙い通りに擦り傷程度で済んだ。
声を聞いて、待機していた男達が足音を立ててやって来た。
「どうした!?」
「何だ何だ!?」
ルカは慌てふためく男達の前へ音も無く躍り出る。
月の光と、廃屋の窓から微かに漏れる暖炉の火の明るさしかないが、男達の姿はしっかりと見てとれた。
地面に蹲っているのが2人、その周りに5人。
突然現れたルカへ気付き、警戒心の目を向ける。
「…何だ?嬢ちゃん、何処から現れた?」
先程、頭と呼ばれていた男だろう。
男達の中から一人が前に出た。
「この周辺を生業にする山賊か?」
「だったら何なんだ」
冷静な調子で男は答えるが、月の光に照らされたルカの姿を見て息を呑む。
背後の男達もルカを視認したのだろう、とたんに騒めきだした。
「…すげぇ美人だな…」
「お、お頭!連れてきましょうぜ!」
「ラッキー!」
そんな手下へ「うるせぇ!」と一喝し、ルカへ向き直る。
「テメェがやったのか?」
足を負傷した二人の事だろう。
「擦り傷で済んでいる内にここから立ち去れ。無用な殺生をするつもりは無い」
ルカの言葉に男は目を見開き、眉間を寄せて睨み付ける。
ただでさえルカは今体調が悪い。
無駄に動きたくは無かったのもあって、話が通じる相手ならばこのまま立ち去って欲しかった。
「てめ…」
「ギィヤァアアアア!!」
「ギィイイイイ!!」
男の声は最後まで紡がれる事無く、人とも獣ともつかない異形の雄叫びにかき消された。
「えっ!?」
「な、何だ!?」
「誰だ!?」
山賊の男達が騒めく。
(…こんな時に限って!)
ユノ達が眠る廃屋から三軒ほど先に、以前パヴァリア村で倒した奴と同じ異形の怪物が二体、ゆっくりと近づいてきているのが分かる。
目があるべき場所にぽっかりと穴が二つ空いている老婆と、ギラギラとした目玉が一つだけ付いている老婆。
耳まで裂けた口からは涎が垂れ、鋭い刃が隙間を空けて不規則に生えている。
長いざんばらの白髪、皮膚に刻まれた深い皺と抉るような傷痕、背骨が折れ曲がった前傾姿勢、パヴァリア村で戦った怪物と同じだった。
"ルカー!"
"気をつけてー!"
"二匹いるー!"
子供達の声がキャンキャン頭で響く。
背負った黒剣を引き抜き、怪物へ向かって剣先を構える。
「…お前達はその場から動くな。奴らの意識が向くかもしれない。命が惜しくば、声も上げない事だ」
目だけは怪物から離さず、首領の男へ伝える。
「あれは…何だ…」
男にも見えたのだろう、信じられないものを見た口調でルカへ問いかける。
「私に纏わりつく死神共だ」
ルカは男達を置いて怪物達へ向かっていった。




