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痕跡

だいぶ書き溜めましたので、第二部開始です。

「あれぇ?こんな下々の者が集う酒場でご拝謁賜わるだなんてぇ。何かお探し物ですかぁ?」

 サヴォイア国の中でも栄えた街ソワソン。

 ハーデス率いる帝国第一騎士団の数名は、普段の豪奢な服装とは違う平民服を着用し、まだ昼間にも関わらず人で溢れかえる酒場へ来ていた。

「…ロイヒテンブルク卿。あなたもこの街へ来ていたのか」

「やだなぁ。ここは大衆酒場ですよぉ?レイとお呼び下さいねぇ、殿下。それにしても随分とゆっくりなお出ましですねぇ」

 濃紺の髪にキツネのような細い目。

 その男は口端を引き上げながらニヤニヤと胸に手を当てハーデスに形ばかりの礼を取る。

「レイナード!」

 護衛騎士であるエルマーが顔を歪め、ハーデスとレイナードの間に立ち塞がった。

「良い。控えていろ」

 今にも掴み掛からんとする忠臣を片手で下がらせる。

 第一騎士団団長の息子であるエルマー・フォン・ベルンハイマーは、この狐目の男とは相性が悪い。

「…レイナード。進捗を」

 レイナードは問いに答えず、席に着いていた部下を他の席へ追いやり、ハーデスに椅子を勧める。

 ハーデスも背後に控える騎士団員達に目配せを送り、レイナードの対面へ座る。

「この酒場はソワソン一の人気店なんですってぇ。殿下も是非ご賞味くださいね」

「話を勿体ぶるな。…痕跡無しか?」

「まあまあ、とりあえず注文しなくちゃ店に失礼ですよぉ。あっ!そこの店員さぁん!」

 話を逸らすように店員を呼び付ける。

 ハーデスは昔からこの男とは剃りが合わなかった。

 帝国の中でも上位貴族、公爵家の次男坊であり近衛騎士団所属。

 公式の場で顔を合わせる機会も多く、記憶には無いがハーデスの母は現ロイヒテンブルク公爵の妹だったと聞いている。

 つまりは、今目の前にいるいけ好かない優男の叔母にあたるのがハーデスの母だ。

 公爵家と王家は繋がりが強固だった。

「ご注文はいかがなさ…!?」

 店内を慌ただしく走り回っていた店員がハーデスを見て目を見開いたまま固まった。

「?…何だ?」

「あっあの!妹さんかお姉さんがいらっしゃいませんか!?」

 顔を赤らめながら、ハーデスへ問いかけた。

 すると、周りの席からも声が上がる。

「兄ちゃん!あの別嬪さんとそっくりだなぁ」

「おおっ確かに。髪と目の色が同じだな」

「顔も瓜二つだぜ!」

「なぁ、もう一回あの嬢ちゃん呼んでくれねぇか?声もかけられなかったんだよ…」

 とたんに周りが騒めきだす。

「…どういう事だ?」

 ハーデスは訳も分からず、店員や客達の怒涛の質問に狼狽える。

「どうやらこの街に来ていたようですよぉ」

 レイナードは、囲まれるハーデスをニヤつきながら眺めた。

「…私に似ているという女性は、今はここにはいないのか?」

「はっはい!五日程前までは見かけていたのですが」

 店員がハーデスの端正な顔から目が離せ無いまま受け応えた。

「この酒場でも話題だったんだよなぁ!」

「そうそう、あんまりにもおキレイな顔してるから誰も話しかけられなくて」

「兄ちゃんと同じで目の下にホクロがあってさぁ、それがまたそそるんだよなぁ…」

「事件もあったし、巻き込まれてねぇといいんだが」

 ハーデスの右目の下にはホクロがある。

(そこまで顔が似ているのか…)

 まだ見ぬ妹が、この場の人間達によって輪郭を成していく。

 正直、本当に生きているとは思っていなかった。

 だがこの街に来てからというもの、ハーデスは自分でもよく分からない焦燥感に駆られていた。

 やけに胸がざわつき、落ち着かない。

「酷い事件だったらしいですねぇ?人身売買組織が壊滅したとか」

 レイナードが客達と会話を弾ませる。

「そりゃあもう、こんな平和な街で惨殺死体があっちこっちから見つかるなんてなぁ」

「現場見た兵士らは今だに夢に見るらしいぜ」

「まあ、治安が良くなるに越した事はねぇけどな」

 人身売買や惨殺死体など、不穏な単語がバンバン飛び交う。

「その事件も少し前に起こったようですよぉ。妹君がご無事だと良いのですがねぇ」

 レイナードは顎に手をやりながら、心配しているかのようにわざとらしく目を伏せる。

 これ以上この不快な男と騒がしい空間にいるのも億劫だった。

「…注文せずにすまなかった。代金は置いていく。好きに飲んでくれ」

 テーブルの上に、話を聞いた人数分の飲み代を置き席を立つ。

「おおっ!」「兄ちゃんありがとな!」と、先程まで話に花を咲かせていた男達は盛り上がる。

 ハーデスは別の席に座って待機していたエルマー達と合流し酒場を出た。

 その背中を眺めながら薄ら笑いを浮かべる。

「…殿下には渡しませんよぉ」

 レイナードの呟きは、騒々しい店内の喧騒に掻き消された。






 ソワソンの街の中でも一際高級な宿、その一室でハーデスと騎士団長のアドルフとその息子エルマーは部下達の報告を纏めていた。

「先程の酒場以外に宿屋・武器屋・洋菓子店などで目撃されてます。どれも一週間程前ですが」

「今はもうこの街にはいないようだな」

 ハーデスは報告書を眺めているのだが、謎の胸騒ぎはおさまらない。

 妹の存在の証明がなされたからなのか、それとも別の理由があるのだろうか。

 早く彼女を見つけ出さなければならない。

 自身のはやる気持ちを周りに気取られぬよう、冷静に振る舞う。

「パヴァリアから北上した街で目撃情報か。三年経ってようやくだな」

「次はどの辺りを捜索しますか?」

 騎士団長のアドルフが地図を見ながら指示を待つ。

 ハーデスは地図を覗き込みしばらく思考した後、

「…王都へ向かう」

 ソワソンから更に北上した、サヴォイア国の王都を指で指し示す。

「王都はここよりも検閲が厳しいはずですが、そんな場所に向かいますかね?」

 エルマーが疑問視するのももっともだ。

「……ただの直感ですまないが…」

 ハーデスの話を聞いてアドルフが何やら思案する。

「…陛下が仰っておりましたね。殿下なら分かる、と」

「…ああ」

 父上は言っていた。

『お前なら分かる』

 その言葉の真意をサヴォイアに来てからまざまざと実感していた。

 妙に胸が騒ぎ、残り香を懸命に辿るかのように、妹が居たと思しきこのソワソンにまで導かれてきたのだ。

「明日、この街を立つ。今日はもう身体を休ませるよう皆に伝えてくれ」

「はい」

コンコン。

 ちょうど話も落ち着いた時、扉の前で見張りをしていた部下が室内へ入ってくる。

「湯を張る為に下男が待機しております。部屋の中へ入る許可が欲しいとの事です」

「構わない」

 部下はハーデスに一礼をして、扉の外に控える宿の使用人を引き入れた。

 室内に入ってきたのはまだ年若い少年が二人。

 その二人はハーデスを見ると、瞬時に血の気の引いた真っ青な顔になった。

 心なしか震えてもいるようだ。

「…どうした?」

 ハーデスが訝しげに二人に声をかけると、雷に打たれたかのように肩が跳ね、冷や汗を浮かべている。

「い、いえ!」

「失礼しました!」

 そのまま二人は急いで風呂場の準備に取り掛かった。

 その様子に怪訝を抱きながらも、ハーデスは部下達を引き連れて軽い夕食を取りに宿を出た。

「…なぁ、さっきの…」

「そっくりだったな…」

 湯を準備しながら、顔面蒼白なまま少年達はこっそり会話する。

 洞窟の拠点で出会った、あの死神のような美しい少女に瓜二つだと。


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