ユノの懇願
「あいつも一緒に王都に連れて行けと?」
コーエンの執務室。
二人で話を詰める為、カーティスにユノを連れだして貰っていた。
今頃は服を見繕っている最中だろう。
「ああ。私の旅には同行させられない」
「だが、あれだけお前にべったりなんだぞ。カーティスに連れ出させるのすら手間取った」
コーエンの言う通り、屋敷の玄関でルカに抱き着いて離れなかった。
美味しいチーズケーキのお店があるから、それを買ってきてくれないか?と、ルカが宥めるように説得し、渋々買い物に向かってくれたのだが。
「コーエンも見ただろう?地下牢でのユノを」
あの地下牢での惨殺死体の山や匂いを思い出したのか、カップを口に運ぼうとしていた手がピタリと止まり顔を顰めた。
「…あれは、あいつがやったのか?」
マリアの頭にいきなり火がついた件だろう。
やはりコーエンも何とは無しに気に掛かっていたようだ。
「正直言うと、はっきりとした確証は無いが…限りなくその可能性が高い」
あれ以来あの能力は発現していないが、ルカの感覚がそう告げる。
「あの子は身体中傷だらけだった。もう二度とあんな力を使う事が無いような、穏やかな家族の元で暮らせるよう、優しい里親を探してやって欲しい」
着替えの時に見えた、身体中についた痛々しい傷痕は酷いものだった。
「それは構わないが…お前はどうするんだ?」
「明日、ソワソンを出る時までは一緒に居させて欲しい。警備隊の検閲を抜けるまで」
あんな事件があったばかりだ、大剣を背負った人間が簡単には街を出られないだろう。
犯人も捕まっていないのだから。
その点、コーエン率いるオッペンハイマー家の馬車に同乗させて貰えれば、ごった返したあの検問も難なく通過出来るだろう。
コーエンは一つ溜息を落とした。
「…どこに向かうのかは検討はつくが、旅の目的は話すつもりはないんだな?」
初めてコーエンに"命令"をした際、トロイへ向かう為の船が出港している街についての情報を聞き出していた。
それをしっかりと覚えていたのだろう。
「自分自身を知る為、としか今は言えない」
まずはトロイへ向かい真実を。
そして母やジュードや、巻き込んでしまったパヴァリア村のみんなの復讐を。
黒々とした想いが沸き立ちそうになるのを抑えた。
「では、ユノの事をどうかよろしく頼む」
コーエンへの頼み事を終え、長椅子から立ち上がると、大きな音を立てて執務室の扉が開け放たれた。
振り返ると、真っ青な顔をしてユノが立っている。
「ユノ…」
「いやだ!」
大声を上げ、ルカの腰元へ突進してくる。
細くて小さいにも関わらず、咄嗟の事で倒れそうになるのをルカは何とか踏み留まった。
「ルカと一緒にいる!」
どうやら、コーエンとの会話の大半を聞かれていたらしい。
ルカはユノの頭を優しく撫でながら、
「私といるより、優しい家族と暮らす方が幸せだ」
何とかユノを諭そうと試みる。
ユノはそんなルカの手を払い退け、腰に下げていた短剣を奪い後退りした。
「ユノ!」
止める間も無く短剣を使って、自身の金色をした艶やかな自分の髪をザクザク切っていく。
突然の行動に、ルカもコーエンも呆気に取られていた。
「僕はルカを守るんだ!ずっとそばにいる!」
強い意志を持った琥珀色の瞳で、ルカを見据える。
そのあまりの迫力に、何も言えないでいた。
髪を切り捨てスッキリしたのだろう、短剣を床に投げ落とし、今度はさっきと違って壊れ物を扱うようにルカをそっと抱き締める。
「置いていかないでよルカ。そばにいさせて」
愛おしい人へ懇願するような囁き声。
その切ない声の響きは、ルカの心を鷲掴み胸を苦しくさせるのに十分だった。
だが、街の外はルカを狙って怪物がやって来る。
ユノを守りながらの旅路は想像するだけでも厳しい。
幼い子供を危険に巻き込んではならない。
「ではとりあえず、王都まではご一緒する、で如何でしょうか」
開け放たれたままの扉の前に、カーティスが綺麗な姿勢で佇んでいた。
「組織の残党が残っている可能性もございますし、ルカさんには傭兵として道中を守って頂くという事でどうでしょう?勿論、賃金も支払われます」
カーティスは淡々と話を進めていった。
「こんな年端もいかない少年を我々に任せっぱなしも酷というものですよ」
「もうすぐ11だ!子供扱いしないで」
少年はカーティスの言葉に苛立ちを滲ませ反論する。
7、8歳くらいだと思っていたルカは、ユノに気づかれないように心の中でこっそり驚いていた。
充分な栄養を摂る事が出来ていなかったのだろう、ユノの身体はか細い。
「それは失礼しました。…彼の事は王都に行きすがら考えるとして、一先ず我々と共に行動しませんか?ルカさん」
カーティスはユノに苦笑を向けながら、ルカへ王都行きを提案する。
「…私がいれば、きっと迷惑をかける。申し訳ないが…」
「ルカが一人で行くなら僕は追いかける!」
ルカの言葉を遮って、こればかりは譲らないとばかりに毅然として言い放った。
「誰の家族にもならない。ルカと一緒にいられるだけでいい」
ユノの強い眼差しに、揺るが無い意志を感じ取ったルカは小さく吐息を漏らした。
そして諦めたようにユノへ笑いかける。
「…分かった。では、王都までの道中は任せてくれ」
その一言を聞いて、ユノとカーティスもホッと胸を撫で下ろしたようだ。
そんな3人のやり取りを黙って見ていたコーエンはポツリと言葉を漏らす。
「…お前、男だったのか…。ルカと風呂、入ってないよな?」
真剣な表情でユノに問いかけた。
第一部完です。
次からは二部に入ります。




