ルカ、15歳
ここ数日、十分な睡眠を取る事が出来ていない。
あと数日したらここから出ていかなければならない為、後処理が山積みだった。
一杯酒を飲んでから仮眠でもするかと、書類から目を離し息を吐いた所で、
「まだ起きていたのか」
背後から声をかけられた。
フードを外し、外套を脱ぎながらこちらに近付いてくる。
「…お前は扉から入ってくる事が出来ないのか」
「今日の昼過ぎにここに来た時は、ちゃんと扉から入ったぞ」
悪びれもせず、ルカは長椅子に腰掛ける。
コーエンは、棚から一本酒瓶を取り出し、グラスを二つ持ってルカの対面に座る。
果実酒を注いで、一つをルカに渡した。
「まだ14なんだが」
ソワソンに来てからここ最近、冬の確かな冷たさを肌に感じていた。
執務室にあるカレンダーの日付けを見れば、いつの間にか歳を一つ取っていたのに気付く。
「…いや、15になったな」
「お前、そんなに若かったのか…」
果実酒の入ったグラスを口に付けながら、コーエンはまじまじとルカを見た。
均整の取れた顔立ちと、年齢にそぐわない体型。
胸と臀部はやけに発達している。
身動きの取り易い、ピッタリとした服を着ているせいで、ルカの身体のラインが綺麗に出ていた。
「コーエンの歳は?」
「26だ」
「意外と若いんだな」
「おい、失礼だぞ。歳上を敬え」
少し不貞腐れたような顔で軽くルカを睨み付ける。
その子供のような仕草に思わず吹き出してしまったルカ。
こんな風にコーエンと軽口を叩き合うのは初めてだった。
「カーティスはいくつなんだ?」
「あいつは23だったと思うが」
「…そっちの方が意外だな…」
「あいつ、落ち着いてるからなぁ…」
二人して、しみじみとカーティスを思い浮かべていた。
果実酒を飲み交わしながら談笑を続ける。
「…お前は昔からその話し方なのか?」
ずっと疑問に思っていた。
美しい外見をしているにも関わらず、喋り方が女とは思えない。
「物心つく頃には。もちろん敬語や普通の話し方は出来るが、この方が楽なんだ」
「まるで男みたいな口調だな」
「女を隠して育ったからな」
サラッと何でもない事かのように話す。
この美しい少女が女を隠しながら?
「…お前については分からない事だらけだ」
「私自身も分かっていない」
少し寂し気な表情と声音だった。
胸が締め付けられる。
あんな鬼畜な所業を行った人間と同一人物だとは思えない程だ。
「ウスターの件は、カタを付けてきた」
話を変えたかったのだろう、ルカが本題に入った。
「出来る限りの子供達を買い戻し、親元へ返す事。オッペンハイマーには手を出さない事。あとは、街の警備隊の上層部との癒着をやめる事も言い含めた」
ルカにとってはこれが一番の問題だった。
本来ならルカがわざわざ一つ一つの拠点を潰さなくても、情報だけ渡して警備隊に任せれば済む話だったのだが、最初からどうにも胡散臭さを感じていた。
これだけ堂々と人身売買組織が街中で暗躍していたのだ。
もしも組織と警備隊上層部が繋がっていた場合、わざと逃してしまう可能性がある。
ウスターを恫喝して聞き出してみれば、危惧していた通りだった。
「あいつはもう二度とこの商売には手を出せない。そのうち資金も底をついて伯爵位も無くすだろう。正真正銘、決着はついた」
コーエンはルカを見つめる。
フッと小さく息を吐いて、
「…これで、やっと終わったんだな」
目元を顰めて、握っていた拳を額に当てる。
「言ったろう?負の遺産とやらを根絶やしにしてやる、と」
あの時のコーエンは半信半疑だった。
こんな華奢な少女が、自身の手に負えなかった組織を相手に壊滅へ追い込むだなんて。
「…随分と力づくだったがな」
「他に方法が思いつかなかったんだ。仕方無い」
ルカは少しばつが悪そうな顔をする。
そういった仕草は年相応の少女に見えた。
ただ、普通の子とは違ってどうしようもなく美しい少女なのだが。
「…ありがとう」
コーエンの、心の底からの感謝と笑顔だった。




