仕上げ
ソワソンの住民の中でも富裕層が住む高級住宅街の一等地。
広大な庭園を保有する一軒の豪奢な邸宅があった。
その屋敷に住む主人は、深夜にも関わらず葡萄酒を呷るように飲み、一人愚痴を漏らしていた。
「クソッ!どうなってるんだ…!」
またグラスの中の酒を呷る。
15年続けさせていた商売が…収入源が一夜にして壊滅した。
自身が道楽に耽っていられたのも、全ては安定した副収入があったからだ。
取り引きが成立すれば相手との強固な繋がりも持てたし、何より元手が安く済む理想的な商売だったにも関わらず。
ここ数年は国からの検閲も厳しくなってはいたが、この街は自分の管轄である。
オッペンハイマーの先代当主が死んでから、どうにも上手く回っていなかった。
どうやらあの家の若き当主は、身辺整理に勤しんでいるらしい。
先代から切り替わってから、直接にやり取りをしていなかったのがここに来て災いした。
「若造め、逃してなるものか!」
葡萄酒を呷る。
その時、カーテンがふわりと舞い上がり、冷たい空気が室内に入ってきた。
メイドが窓を閉め忘れていたかと、グラスを置き苛立ちながら長椅子から腰を上げる。
窓を閉めようと歩を進めたところで、ヒヤッとした硬質の何かが首筋に当たった。
男が声を上げる前に、初めて聞く女の声が被さる。
「声を上げるな」
自分に突きつけられたのは、黒々とした大剣だった。
すぐ背後から女の声が続く。
「座れ」
何故だか抗う事が出来ず、床へへたり込むようにして男は座り込んだ。
小柄な何者かが、先程まで男が座っていた長椅子へ座る。
フードを目深に被っている為、薄暗い室内では顔がよく見えない。
「こんばんは、ウスター伯爵。話をしようじゃないか」
不遜な物言いをするその女は、目の前で優雅に脚を組んだ。
「…誰だ」
何とか搾り出すように喉の奥から声を出す。
酔いは一気に醒めていた。
「答える義理は無い」
女から殺気が昇り立つのを感じて、冷や汗が身体中を伝った。
声を上げて屋敷の人間を呼ぼうにも、口からはただ息が漏れるだけだった。
「随分と下劣な商売で利を得ていたな」
底冷えするような威圧感のある高い声。
女は脚を組み替え、肘掛けに肘を置き、顎の辺りに細っそりとした指を添える。
「三箇所を掃除するには、中々に骨が折れたぞ」
男は驚愕に眼を見開く。
「…お前が…!何が目的だ」
怒鳴りつけようにも、ウスターは大きな声が出せない。
「害虫は一匹残らず駆除しないとな。これ以上虫に食われない為にも」
ゾッとする響きだった。
害虫の中に、ウスターも含まれているのを男は理解した。
「…貴様」
「勘違いするな。お前の命は私の手の内にある」
鋭い殺気が女から沸き立つ。
嫌な汗が男の頬を伝った。
女は懐から紙の束を取り出し、床へ叩き付ける。
「用件を伝える。顧客リストの上から順に、子供達を買い戻せ」
淡々と言い放つ。
「屋敷を売り払ってでも、借金をしてでもだ」
「そっそんなのは無理だ!どれだけの金がかかると思ってる!」
へたり込んだまま、ウスターは言い募る。
女はスッと立ち上がり男に近付いた。
逃げようにも身体は動いてくれない。
片手で大剣を持ち、シュッ空を切る音がした。
「!?」
床についていた左手の人差し指が真っ赤な血飛沫を上げる。
激痛が走るも、叫び声は出ない。
恐怖と苦痛で混乱したウスターは、残る右手で必死に斬り落とされた指を戻そうと試みた。
「何本無くすまで耐えられるか試みるか」
頭上から投げかけられたその言葉に全身が凍りついた。
見上げると、そこにはフードから覗く銀色の瞳がウスターを射抜くように光り輝いている。
あまりの恐怖に、ただただ首を振る事しか出来なかった。




