報告
コンコン。
「入れ」
扉を開けて室内へ入る。
コーエンは事務机で書類整理をこなしていた。
そばでカーティスも同様に仕事をしている。
「…茶を用意させよう」
ルカへ一礼をし、カーティスが執務室から出ていく。
今、この屋敷の使用人は半分しかいない。
近いうちに撤収しろと言ったのはルカだった。
この街にはまだ、オッペンハイマーの人身売買組織に繋がっている人間がいるかもしれないと危惧したのだ。
"見せしめ"を完了する為にも、オッペンハイマーの裏の仕事を知る人間達には、全ての拠点を壊滅させられたコーエン達がソワソンから逃げ出したように見せかける必要もあった。
「こちらに」
コーエンはルカ達を長椅子へ促した。
そう、少女も一緒だ。
部屋で待っているよう諭したのだが、頑なに服を掴んで離さない。
ルカは諦めて、二人でコーエンの執務室を訪れた。
少女と共に長椅子へ座ると、コーエンは向かいに座った。
「…よく眠れたか?」
「ああ。おかげで寝坊した」
「それは良かった」
そう言うコーエンはあまり眠れていないのだろう。
目の下に濃い隈が出来ていた。
無理も無い。
あの凄惨な現場で、事の成り行きを最後まで見届けたのだ。
「この屋敷からの完全撤収はいつ頃になりそうだ?」
「三日後には王都へ向けて出立する。屋敷は撤収するが、商会での仕事が残っているからな」
ここ数年でかなりの規模で展開しているという噂はルカも耳にしていた。
トラキア大陸中にオッペンハイマーの商会は点在している。
王都には敵わないながらも、サヴォイア国の中ではソワソンもそこそこ発展している街だ。
「…そうか。だいぶ急がせたな」
疲れ切ったコーエンの様子を見て、流石に申し訳ない気持ちが湧いてくる。
コーエンは目を見開き、
「そんな殊勝な態度も出来るのだな」
空元気を振り絞ったように苦笑する。
ルカを馬鹿にされたのだと勘違いしたのか、少女が眉を顰めてコーエンを睨み付けた。
その少女の可愛らしい表情に、ついつい心が絆されていると、カーティスが茶器を持って執務室へ戻ってきた。
3人分の紅茶を淹れ、茶菓子にクッキーを出してくれる。
少女は無表情ながらも、嬉しそうに頬張った。
「…カーティス。報告を」
「はい」
コーエンの背後に控えるカーティスが昨夜の顛末を語り出した。
「まず、全ての拠点の子供達は無事、警備隊の兵士達により保護されました。親のいない子は教会に預けられるか、里親を募集するようです。中には攫われてきた子達もいた様でして、親に売られた子達も併せて、それぞれの家族へ連絡を取るとの事」
コーエンが苦い顔をする。
どうやら、攫われてきた子が居たのは知らなかったようだ。
父から引き継がされ、コーエンが元締めだった筈だが、実質的に実権を握っていたのは娼館のオーナーだったらしい。
拠点へ攻め込む前夜、コーエンから内情を聞かされていた。
「次に、三つの拠点についてですが…住民のみならず、警備隊含め街中大騒ぎになっております」
眼鏡のブリッジをクイっと持ち上げ、片眉を引き攣らせるカーティス。
「一日の間にソワソン近くの森、貧民街の民家、娼館の物置小屋の三ヶ所で斬殺死体の山。更には痩せ細った子供達が見つかり、何らかの人身売買組織が壊滅したと噂に上っております。ですが、今のところオッペンハイマーの名は出ていないようですね」
カーティスは話を続ける。
「現場があまりにも凄惨だった事で、住民達の間で様々な憶測が広まっております。それも、『自分の子供を連れ攫われた怨みを持つ親達が人身売買組織を一つ一つ潰して回ったんじゃないか』とか、『女神の天罰が降ったんじゃないか』とか。同業者に話が回るのもすぐでしょうね。次は自分の所がやられるんじゃないかと戦々恐々とするでしょう」
その為にルカが起こした"見せしめ"だった。
次にまた馬鹿な考えを起こさせぬよう。
一過性のものかもしれないが、被害を受ける子供達が減る事を願って。
こんな綺麗事を頭に浮かべるだけでも、自身に対しての嫌悪感に苛まれるが。
「娼館のオーナーですが、一命は取り留めたようです。警備隊の取り調べで、自分が人身売買の元締めだと白状したそうで」
これにはルカもコーエンも驚いて、目を合わせた。
「自分から名乗り出たのか?」
コーエンが尋ねる。
「いえ。煙を吸い過ぎて気道を痛めたのか、精神的な問題なのか詳しくは分かりませんが、言葉が話せないそうです。頷くか、首を振るかしか」
「…精神的なものだろうな」
あの現場を頭に浮かべたのだろう、コーエンは青褪めた。
「報告は以上です」
カーティスが話を締める。
一つ大きな溜息を吐いたコーエンがルカに向き直り、
「…あとは俺達が王都へ出立するだけだ。手間をかけさせたな」
深々と頭を下げようとするのを押しとどめた。
「まだだ」
ルカの発言に、コーエンとカーティスの顔には疑問が浮かんでいる。
「ウスターが残っている」
ピタッと空気が静かになった。
「元を糺さねば、同じことを繰り返す。人間は愚かだからな」
冷え切った銀の瞳を持つ美しい造形の顔。
表情からは感情が読み取れないにも関わらず、確かな怒りを滲ませていた。
お菓子に夢中になっていた少女が不安気にルカの服を掴み、見上げる。
そんな少女の髪を耳にかけながら、
「…もう誰にも傷付けさせない」
芯のある、それでいて優し気な声音で少女に語りかけた。




