娼館の地下牢
地下牢への扉を開くと、むせ返るような血の匂いが漂ってくる。
コーエンは思わず、口を手で塞いで顔を顰めた。
一歩一歩、足を踏み外さないよう石段を降りていく。
薄暗い石段を降りきり、視界が広がるとそこは、激しい鉄の匂いと血の海が広がっていた。
「「!!」」
肩から袈裟懸けに斬られた者、首と胴体が離れた者、心臓を一突きされた者。
夥しい量の血が、床と壁だけでは無く天井までもを濡らしている。
コーエンは膝から力が抜け、壁に手をついて、軽食で済ませたはずの胃の内容物を全て吐き出してしまった。
「カーティス。子供達を物置小屋から少し離れた位置まで誘導してくれ」
真っ青な顔をして呆然と立ち尽くしていたカーティスは、声の主のルカへ振り向く。
ルカは鉄格子の中へ入って行き、寄り添うようにして眠る子供達に向かって何かを話掛けた。
すると、目を瞑ったまま少年少女達は立ち上がり、手を繋いで、自ら鉄格子を出る。
地下牢の惨劇と、子供達の行動の意味も何も理解は出来ていない。
とにかく従うしか選択肢は無かった。
「…か、しこまりました…」
先頭を歩く少年の手を取り、無残な死体の山から目を背け、子供達を引き連れて石段を上っていく。
「コーエン」
ビクッと肩を震わせる。
胃液まで吐き尽くしたコーエンは、壁に手をついたままノロノロと顔をルカへ向ける。
一人では歩く事すらままならないコーエンに手を差し出し、顎でクイっと一つの牢獄を指し示す。
このまま逃げ出したいのを何とか抑え込み、ルカの手を取って、血塗れの床に散らばる肉片を踏まないように歩く。
「…!!」
声を上げないよう口を掌で覆い、踏みとどまった。
牢屋の中に、両手首に杭を打たれ壁に貼り付けられている男女が3人。
マリア・ウィル・娼館のオーナーだ。
それぞれ足首からも出血している。
「死んではいない。話がしたいからな」
ルカは鉄格子を潜り、3人へ近付いていく。
「起きろ」
とたん、3人ゆっくりと瞼を開けていく。
「…?」
「な、なんだぁ?」
「…あんたは…」
3人はまだ、自身の置かれた現状を理解していないのだろう。
やがて身動きが出来ない事に気が付き、それぞれ喚き立てた。
「どういう事だ!?」
「知らねぇよぉ」
「ルカ!一体何なんだい!?」
動こうにも杭は三者を縫い止めて離さない。
「足の腱は切ってある。お前達は歩いて逃げ出す事も出来ない。早死にしたくなければ、無駄口を叩くな」
冷え切った声音が血生臭い牢屋に響き、3人は自身の足首に視線を落とし、愕然とする。
そして三者三様の呻き声や叫びを上げた。
落ち着くまで少し待とうとしたが、そんな気配は無い。
ルカは諦めて、まず一人目へ声をかける。
「ウィル」
一際もがいていたウィルがビクッと止まる。
「お前は何人の子供達を陵辱し、そして殺した?」
「あぁっ!?気狂ってんのかぁ!?早くオレを下ろせ!」
杭が抜けない事に苛立ったのか、吠えるようにルカへ顔を向けた。
今にも飛びかからんばかりの勢いで凄む。
会話が成り立たない事に、ルカも多少の苛立ちを覚えたが、感情を滲ませないよう慎重に声を出した。
「そうか」
ルカは懐から一本のダガーを出し、ウィルの顎を掴み、無理矢理ダガーを横向きに口に差し込んだ。
そのまま下顎を思いっきり突き上げる。
「んんんっ!!!」
口から夥しい量の血が流れ出す。
ルカは一歩後ろに下がり、背負っていた黒剣を抜いた。
ウィルの手首目掛けて横凪ぎに剣を振るう。
ドサッ。
壁にはそのままウィルの手首が杭に打たれたまま張り付いていた。
手首の無くなった両腕から大量に血を噴き上げ、ウィルが跪く。
「ひぃっ!」
血飛沫が頬にかかったのであろう、マリアが情けない叫び声を上げた。
「望み通り、降ろしてやったぞ」
淡々と言い放ち、牢屋に落ちていた汚らしい毛布を引き裂き、ウィルを止血していく。
コーエンは、ルカの一連の行動の意味が全く理解出来なかった。
ただ、気を失わないよう、懸命に膝の震えを抑え、目を見開いていた。




