父の遺したもの
少しの休息を取り、0時を回る頃。
三人で屋敷を出たのだが、ルカはコーエン・カーティスの二人より先に娼館へ向かった。
建物の屋根から屋根へ足音も立てずに。
その姿を見送った後、一目につかない様フードを目深に被り、ゆっくりと目的地へ向かう。
「…屋根の上を飛んでいった様に見えたぞ」
「羽根は生えて無かったはずですがね」
神妙な面持ちで二人は会話する。
「二つ目の拠点、何かの毒に侵されて死んでいた者と、他はそれぞれ心臓・首・額を一突きだったそうです」
カーティスは淡々とした口調で主人へ報告する。
ギョッとしそうになったのをコーエンは必死に隠した。
「…あいつは暗殺者か何なのか…」
「むしろやる事は派手ですし、暗殺者の類いとは思えませんが」
努めて冷静な秘書の発言に、思わず冷たい視線を投げる。
「…お前はあの娘と気が合うようだな」
「何となくですが、彼女が何をするのか想像がつくので。それにようやく、この下劣で醜悪な商売から解放されますし」
カーティスは苦々しく吐き捨てる。
心底嫌悪しているらしい様子を一切隠さない。
「…苦労を掛けたな…」
「社長だけの責任ではございません。終わらせる事の出来なかった、私共配下の非でもあります」
項垂れたコーエンと共に、カーティスも後悔を滲ませる。
「…洞窟内の牢屋と子供達を、初めて自分の目で確認しました。我々が売られてきた時と違って、劣悪な環境の中、十分な栄養も摂取出来ていなかったでしょう。あの子達は歩く事すらままならなかった」
カーティスは拳を握りしめ、唇を噛む。
「元々あの牢屋は所謂"売れ残り"とされてきた子供達を集めた拠点でしたね。大多数があの中で、野垂れ死にさせられていたのではないかと」
先代から任されてまだ一年だった。
本業の貿易関係は8年前には委ねられていたが、先代は死ぬ間際まであの商売だけは自身の手で扱っていた。
その為、本来の仕事をこなし、先代の喪に服し、その後にあの組織への着手だった。
ある程度、現状把握が出来たのはここ最近だ。
組織の重要人物とは昔から接触はあったが、この商売には関わる事が許されなかった為、何も手を打てないでいた。
「全て清算してから死んでくれたら良かったものを…」
「…清算したくても出来なかった、のでは無いでしょうか?」
カーティスの言葉に思わず顔を上げる。
「出来れば、社長に知られる前に終わらせたかった筈ですよ。継続させたいのなら、さっさと引き継いでいらしたでしょうし」
コーエンにとっては思いもよらない言葉だった。
「オッペンハイマー家はもちろん、あなたの事も、社員でさえも、先代は必死に守ろうとしていたのでしょう。こんな業種に手を出したのも、元はと言えば事業で拵えた借金返済と、従業員の給料を支払う為でしたし」
そういえば、どれだけ負債が貯まろうとも、従業員をクビにする事はなかった。
当時は商才の無い男だと呆れていたのだが。
「苦しい時に持ちかけられたこの仕事が、思いの外に規模が拡大してしまい、ほとほと困り果てていたのかもしれません。殆どが私の推測の域を出ませんが」
コーエンとカーティスはそれぞれ別々の時期だが幼少期、奴隷商からオッペンハイマーにより買われた。
奴隷として扱われるのかと思いきや、下働きとしてきちんと給料まで貰えた。
屋敷内で有能な働きをすれば報奨金を渡され、商才があると見るや、コーエンを養子にした。
血の繋がらない、屋敷の従業員の全員を家族として扱っていた。
幼い頃は偽善者に見えたものだが。
「…クソ親父め…」
唇を噛み締めながら、憎みきれない育ての父に思いを馳せる。
しばらく無言で歩き続けた。
「そろそろ着きます」
カーティスが一目につきにくい路地裏へコーエンを手招きする。
その路地裏近辺は低い建物が密集しているので、娼館のド派手な外装がよく見えた。
「確か、館から煙が立ち上っているのが見えたら向かうんでしたよね」
「ああ。だが、あそこは警備の人間も娼婦もいるぞ。何か詳しく聞いてるか?」
「いえ、特には」
しばらく押し黙り、館を様子見する。
すると、言っていた通り、細く淡い煙が立ち上った。
「火事を起こした割には煙が薄いな。何だ?」
「とりあえず行ってみましょう」
娼館が庭も含め、そこそこ広い土地を使用しているので、あたりに人気は無い。
物陰に隠れて門前を見遣ると、男が一人倒れていた。
二人は顔を見合わせ、早歩きで門に近づく。
そこには月光に照らされ輝く銀髪の美しい女が佇んでいた。




