尋問
コーエンの屋敷は、ソワソンの中でも高級住宅街に該当する一画に位置していた。
立派な門構えに広大な庭園。
使用人や警備兵の態度も教育がしっかりと行き届いていた。
貿易業は上手くいっているらしい。
コンコン。
「入れ」
ガチャリと扉が開き、室内へこの世の物とは思えない絶世の美貌を持った少女が入ってくる。
「ルっ、ルカさん!」
コーエンは慌てふためき、手にしていた書類を空に散らせてしまった。
「夜分遅くに申し訳ありません。少し、お時間を頂けますでしょうか?」
散った書類を掻き集めながら、
「もちろんです!今、お茶も出させますから!」
激しく動揺し上擦った声をあげつつも、丁寧な物腰で長椅子へ誘導する。
呼び鈴でメイドに茶を頼み、茶器セットが運ばれてくるまで終始落ち着かない様子でそわそわしていた。
(…随分とこの顔がお気に召したらしい)
ルカは冷めた感覚を抱きながら、それでも柔らかな微笑を浮かべる。
「…それで、何か不具合でも生じましたでしょうか。客間の掃除が滞っていたとか」
「いいえ、そんな。とても過ごしやすい空間で…こんなにも素敵にもてなして頂いて、コーエンさんには感謝しております」
"コーエン"と名を呼ぶだけで動揺するらしい。
苦しそうに胸を押さえる。
ルカは恋を経験した事はないが、この男が自分を激しく求めているのだけは理解できた。
「…では、他に何か気になる事やお悩みが?」
「いいえ。悩みがあるのではないのです」
ここで一度目線を逸らし、充分に間を持ってから切り出す。
「…コーエンさんにお聞きしたい事があるの」
上目遣いであざとらしいくらいに甘えた声。
「ルカさんがお聞きしたい事ならなんでも!」
興奮した様子で頬を紅潮させ、身を乗り出す。
「…何でも?」
「何でも、です!」
「話して下さいますね?」
「はい!是非、遠慮なく申し上げてください!」
「ならば、今からいくつか質問する。嘘偽り無く答えろ」
「はい!嘘偽りな…く」
かかった。
地下牢での一件が、コーエンにも通用するのか一種の賭けだったが、何とか目論見通りに成功したらしい。
突如として口調と雰囲気が変わったルカに困惑している。
「娼館の物置の地下牢以外に、子供達を監禁している拠点はいくつある?」
「二つ」
コーエンは驚愕の表情を浮かべる。
「場所は?」
「一つは貧民街の民家の地下。もう一つは街を少し離れた森の奥の洞窟」
勝手に話し出す口に恐怖を感じたのか、どんどん青褪めていった。
「人身売買の組織はお前達以外にいくつある?」
「一つ」
「そいつらも子供達を商品として扱っているのか?」
「していない。移民や、労働力のある年齢層だけだ」
必死に口元を抑えるも、男の口は止まってはくれない。
「最後に二つだけ質問する。オッペンハイマーは、タクシス帝国王家と繋がりは持っているか?」
「王家と繋がりを持っているのはロートシルト商会。うちは何人かの貴族と商談があるだけ」
「トロイに行くには、どこの港からが有力だ?」
「タクシスのゴート。もしくはサヴォイアのガリキア」
「…なるほど。今ここでの会話は誰にも話すな。私に関する事も他言無用。以上だ」
まるで息でも詰めていたかのように、プハッと吐き出す。
すっかり血の気の引いた顔で荒く呼吸を繰り返しながら、
「…今、のは…何が起こったんだ…」
「質問に答えて貰っただけだ。どうせ、終わらせるつもりだったんだろう?」
驚きに顔を上げるコーエンの目線の先には、冷徹で人間離れした美しい顔があった。
ルカはディナーを終え屋敷に招かれた後、コーエンと秘書の会話を全て盗み聞いていた。
「…情報を引き出して、どうするつもりだ」
「誰もが二度と気の迷いを起こさぬよう、報いを受けさせる」
「ここは俺の根城だぞ!いつでもお前を捕らえる事が出来る!」
「誰にどうやって頼むんだ?お前は私の事を誰にも話せない」
つい今さっき命令された言葉を思い出す。
本来ならそんな馬鹿げた話、信じる方がどうかしているが、コーエンは自分の意思とは無関係に嘘偽り無く答えさせられてしまった。
こんな少女に自分がいいように扱われてしまっている事実に怖気が走る。
「今から三つの拠点に向けて、子供達と従業員をしばらく待機させるよう伝令を出せ。街の衛兵が警戒しているとでも言えば時間が稼げるだろう」
話についていけていないだろう、凍りついた表情の男を置いてけぼりにしてルカは続ける。
「一日で、全ての拠点を壊滅させる。父親の遺した負の遺産とやらを、私が根絶やしにしてやろう」
恐ろしい話を、事もな気に口にする。
この少女は一体どこまでを知っているのか、恐怖に肌が泡立つ。
「コーエン。お前は私の側で見ているだけでいい」
薄い唇を引き上げ、男の頬を優しく撫でる。
どんな人間でも魅了され、心ときめくであろう微笑みは、コーエンには人外の怪物を垣間見てしまったかのように恐ろしく映った。




