コーエン・オッペンハイマー
「はぁっ…」
夢のような一時だった。
ディナーの席に秘書に連れられやって来た娘は、店の高級感など霞んでしまうくらいの、絶対的に手の届かない星の煌めきのようで…。
あれ程美しい女が存在するとは。
マリアから話を聞いていた時には、どの貴族に宛てがうかとしか考えていなかった。
それが、あの店で一目見た瞬間、頭に血が上り心臓がけたたましく鼓動を上げた。
女に対して初めての感覚だった。
朝露に濡れた蜘蛛の糸のように繊細に光り輝く銀の髪。
全てを見透されてしまいそうな気高き銀の目と、そこはかとない色気を醸し出す左目の下の黒子。
そして、甘い果実の香りが漂ってきそうな薄紅色の唇。
名工が創り上げた最高傑作でもあれ程美しくは仕上がるまい。
「…はぁ」
少しでも触れたら壊れてしまいそうな、きめ細かく汚れのない頬に、何度手を伸ばしそうになったか。
会話が弾んでクスクスと忍び笑う声は、高過ぎず低くもなく、身体中を奇妙な心地良さが巡った。
彼女の全てを自分のものにしたい。
今は我が屋敷に招いてはいるが、顔を見てしまえば衝動を抑え切れる気がしない為、理由を付けて会いに行くことすら躊躇われる。
「…はぁあっ…」
とうとう頭を抱える。
「…社長。溜め息、いい加減にして下さい」
秘書はうんざりした声で男を嗜める。
「…お前だって、さっきから同じ書類しか見てないぞ」
普段は至って冷静な秘書だが、今日に限っては書類を見ては顔を上げ、眼鏡のブリッジを押さえる仕草を延々と繰り返している。
秘書は気まずそうに一連の動作を止め、主人と向き合う事にした。
「…私も些か動揺致しました。ですが、彼女はどう扱うのです?」
諌めるように主人に問う。
「…とりあえずはマリアから引き離す」
「その後は?」
秘書の問いかけに男は呻く。
マリアはこの界隈じゃ顔が広い。
先代との繋がりも深く非常に厄介な女である。
それに、あの美しい少女を商品として出荷するなど論外だ。
出来るならばこのまま誰の目にも触れさせず、閉じ込めてしまいたい。
「…どっちにしろ、あの商売はもう終わりにする手筈だ。残った書類もリストのみ。燃やしてしまえば顧客とも縁が切れる」
「…引き継いだ仕事とはいえ、難儀なものですね」
「親父の遺した負の遺産だからな。ここまで持ってくるのにだいぶ手間取った」
そう、こんな商売早く終わりにしたかった。
親父から継がされたこのアングラな仕事が無くても、俺の力で商会をでかく出来た。
後は、下っ端のゴロツキ達には雇用先を用意してやればいいだろう。
知り過ぎている連中は消すしかないが。
売られていくガキ共に何も思わないではないが、所詮金と権力が物を言う。
自分だってそうだった。
秘書のカーティスも。
奴隷商からオッペンハイマーの家に売られたのだ。
たまたま親父には子が産まれず、たまたま奴隷としてやってきた俺は要領が良かった。
大人達に気に入られるよう、独力で知識を深め、立ち居振る舞いを学び、自力でこの地位まで這い上がったのだ。
「後処理が終わり次第、この屋敷も引き払って王都の本宅へ戻る。それまでの辛抱だ」
「かしこまりました」
本当なら、今だけでも彼女の事だけを思い浮かべていたい。
全てを終わらせるまで我慢が出来るだろうか。




