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腹を決める

「それで、オッペンハイマーさんはいつソワソンに帰って来たんだい?」

「つい一ヶ月程前に。今回の航海は天候も良く、三ヶ月程度で終わりまして、いつもよりは早く帰ってこられました」

個室に入って色とりどりのデザートが運ばれてきてからずっと、マリアと男の空々しい会話が続いていた。

この男の名前は、コーエン・オッペンハイマー。

国と国とを行き来する、貿易商だという。

辺境の片田舎で暮らしていたルカでも耳にした事がある。

"オッペンハイマー"とは、陸路だけで無く貿易船も保有する大陸に名だたる豪商だ。

名を騙っている様子もない。

着ている服の生地もさる事ながら、優雅で上品な佇まいに、爽やかな見目が物語っていた。

山吹き色の髪に涼しげな目元、歳の頃は20代後半といったところか。

声質が同じでなければ、昨日の元締めらしき男と同一人物とは思えないだろう。

「随分と忙しいんだねぇ。あたしらみたいなしがない行商人とは大違いだ」

マリアはからからと笑う。

「ご謙遜を。マリアさんにはいつも素晴らしい商品を納入させて頂いて、こちらも助かっております」

商品。

例の子供達の事を言っているのだろう。

思わず殺気が漏れ出てしまいそうになるのを懸命に抑えこむ。

「…ところで、お嬢さんは旅をしている途中だとお聞きしましたが、どちらに向かうご予定で?」

赤らんだ顔でルカを見つめる。

先程から、男達二人の視線が突き刺さっていた。

オッペンハイマーはともかく、物静かで冷徹そうな秘書の男までがだ。

この顔は異性にはとことん魅力的らしい。

利用しない手は無い。

「…母の遺した遺言通り、知人の元へ向かうつもりですが…。暫くはこの街で養生しようと」

生きてきて一度も演技らしい演技などした事は無いが、精一杯声を震わせて儚さを醸し出し、行き先から話を逸らす。

母が亡くなっているという話に、申し訳ないような表情で、

「…そういえば、道中で野犬に襲われそうになったのですよね。この街は安全ですから、心ゆくまで養生なさるといい」

上手い具合に旅の話をかわせたようだ。

「あたしもこの子が心配でね。出来るだけそばに居てやりたいんだけど、明日からちょいと遠出しなきゃいけないんだよ」

昨夜の会話を思い出す。

確か、4人任せられていたはずだ。

明日から買い手の元へ子供達を運ぶのだろう。

時間が迫っている。

「でしたら!マリアさんが街を離れている間、私の屋敷に滞在なさいませんか!?客間は沢山有ります!ぜひ、我が屋敷にて養生なさって下さい!」

興奮を抑えきれないのか、前のめりに畳み掛けてくる。

「それならあたしも安心だ!お言葉に甘えるといいよ!」

「そんな…。オッペンハイマーさんとは今日初めてお会いしましたし、ご迷惑をお掛けするのは…」

恥じらっている風を装って、とりあえず遠慮をすると、

「ぜひっ、コーエンとお呼び下さい…。ルカさんのお手を煩わせるような事は致しません。私も仕事で忙しいですし、屋敷にはほとんどおりませんから、どうかご安心を!」

紅茶の入ったカップを持つルカの手を握らんばかりに、身体を机の上へ乗り上げる。

願ったり叶ったりだ。

心の奥底でほくそ笑む。

「…では、コーエンさん。少しの間だとは思いますが、お世話になってもよろしいでしょうか?」

名前を呼ばれたコーエンは、赤く染まった顔を蕩かせる。

「少しの間だなんて仰らず、いくらでも!ああ、そうだ。今夜、夕食をご一緒して下さいませんか?秘書に迎えに行かせます!その際にルカさんのお荷物も運び込ませましょう!」

兎にも角にもルカを今すぐに囲い込みたいらしい。

「行ってくるといいよ。オッペンハイマーさんは信頼出来る男だからさ!あたしも一通り仕事が終わったら顔出すよ!」

この機を逃がさないとばかりにルカの背を押すマリア。

トントン拍子に話が進んでいった。

「…社長。そろそろ」

秘書の男が退室を促す。

次の仕事が控えているらしい。

忙しいといった話は嘘では無いようだ。

「あっああ…。名残惜しいが、後ほど。デザートはゆっくり食べていって下さい」

落胆しながらもオッペンハイマーは席を立って個室を後にした。

「さぁ!残ったデザートを平らげちまおう!」

夕食も入らなくてなってしまうんじゃないかというくらい様々なデザートが並んでいるが、マリアが大方食べてくれそうだ。

"キレイな色ー!"

"ルカ、食べないと無くなっちゃうよー?"

声達が沸き立てる。

すると、

『寄り道していていいのか?お前に何が出来る?』

あの声がルカを嘲笑う。

自分に出来る事は確かに少ない。

だが、こいつらを野放しにするつもりもなかった。

(何もせずに後悔するより、多少はマシだろ)

心の中で吐き捨てる。

ルカはとうに腹を決めていた。

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