違和感の正体
深夜0時を過ぎた深夜、マリアが寝台を抜け出す。
部屋を出たのを確認し、素早く着替えて窓からマリアの行く先の方角へ目をやる。
ある程度時間をおいて、窓から飛び降り、音を立てずに着地した。
ルカの嗅覚は鋭い。
目が見えない頃に五感を鍛えていたので、風で掻き消されなければ追っていける。
有難いことに、その日は無風の夜だった。
静寂の中を闇と混じり合うように駆ける。
(遊興街へ向かったか)
次第に明るさを増していく街並み。
酒・色事・賭け事、様々な欲の形を詰め込んだ一画が、栄えた街には必ず存在する。
そんな歪な一画の、金の装飾を所々に散りばめ、小さなお城を思わせる一軒の建物の門前でマリアの足は止まる。
その建物には、数人の男達が鉄柵でかこまれた敷地内を巡回していた。
少し離れた家屋の屋根の上から様子を窺う。
門番から通されたマリアは、建物の裏手側へ周り、裏口らしき扉を叩く。
しばらくしてから扉が開き、いかにもゴロツキの風体をした男がマリアを招き入れる。
ルカの鼻は、扉の開け閉めの際に甘い香水の香りと煙管から燻る煙草の匂いを感じ取っていた。
(…娼館か?)
知識としてしか知らないルカだが、微かに聞こえる女性の甲高く甘い笑い声達を耳に拾っていた。
(忍び込むか)
その建物の裏口に小さな物置小屋があった。
足音を立てず跳躍し、物置小屋の屋根から目的の建物の屋根に飛び移る。
灯りの漏れていない部屋の真上からぶら下がるようにして小窓を開き、身体を滑り込ませた。
忍び込んだは良いが、マリアがどこにいるのかが分からない。
人気の無くなったタイミングを見計らって、部屋から抜け出し、マリアの声を探すしかないかと思案していると、
「お前らは4人だ。それぞれの買い手まで運べ」
「今回は随分と人使いが荒いじゃないか」
マリアの声がする。
運良く、ルカの居る室内の隣の角部屋に案内されていたようだった。
話を漏らさないように隣を空室にしていたらしい。
「目、付けられてんだよ。そろそろここも移動させる。他の拠点もな」
「稼ぎを持ち逃げなんてしないだろうね?ボス。こちとら信用第一でやってきてるんだ」
「お前が見つけてくるガキは上玉が多いからな。顧客が喜んでる限りは安心しろよ」
会話を聞き逃さないよう、息を詰めて耳を澄ます。
ボスと呼ばれる男が続ける。
「…とは言っても、本当にそろそろ潮時だ。数年前から締め付けが厳しいだろ?お前らもここ最近のソワソンじゃ身動きが取りづらかったはずだ」
「まあね。あたしらもおまんま食いっぱぐれないように必死だよ」
ケタケタ笑いながら相槌を打つマリア。
「そういやあの嬢ちゃんはどうするんだぁ?」
聞き覚えのある声、ウィルだ。
「嬢ちゃん?」
「ああ、それこそ物凄い上玉を拾ったんだよ!ここに来る道中で荷馬車から売りもんのガキが逃げ出しちまってね。追いかけて捕まえたはいいが、こいつが力一杯殴るもんだからおっ死んじまって。そん時にたまたま行き倒れてた娘を見つけたんだが、これがまたとんでもない別嬪だったのさ」
(やはり…)
出会った時から違和感があった。
何故、街道沿いでは無く山の中を歩いていたのか。
格好も小綺麗で垢抜けていた。
そして二人に纏わりつく血の匂い。
ルカを探している例の賊達と関わりがあるのかどうか、慎重に探っていた。
数日過ごしてみて、どうやら無関係だということまでは把握していたが。
「その別嬪さんとやらはさっさと連れて来い。拠点移しちまう前に捌いといた方がいいだろ」
「ちょいと待っておくれよボス。これまでにない大層な金蔓だよ。公爵あたりを相手に大金せしめなきゃ割に合わないね。売っぱらった後だってそいつをネタに稼げるってもんだ」
「あの嬢ちゃん、どこかのご令嬢ってやつじゃないかぁ?売っぱらっちまったらオレ達が危なくないかぁ?」
「むしろご令嬢ならもっと儲かるだろ?買い手から金を引き出す材料になるってもんだ」
「あっそういう事かぁ」
マリアとウィルは、ルカを売った後の脅しの手口にまで話を発展させて、盛り上がっていた。
「…とりあえず明日にでも、その別嬪さんと俺を引き合わせろ。仲介通さずに勝手な事しやがったら、うちだけじゃなく他所にも睨まれるぞ。話を戻す。今回の報酬と、買い手の顧客情報だ」
「あっオレ、地下行ってくるわ!」
ウィルは空気を読まず能天気に発言する。
「…おい、商品なんだ。買い手が決まってるガキには手を出すな。報酬からさっ引くぞ」
「分かってるって!傷モノにしなきゃいいんだろぉ?」
不快感さを隠さない男に対し、ウィルは嬉しそうに声を弾ませる。
だいたいの話の流れから、マリアとウィルが話しているボスと呼ばれた男は元締めのような者だろう。
(さて、どうしたものか…)
このまま宿に戻り荷物を纏めてとんずらするのは簡単だ。
だが、ここまで盗み聞きしておいて何もしないというのも良心が咎める。
何より内容から察するに、この人身売買組織は子供達を売った金で荒稼ぎをしてる。
聞かなかった事にして自分だけ逃げるには胸糞が悪い。
ふと、足音のする方を向くと、裏口から物置小屋へ歩いていくウィルの姿があった。
鍵を開け、小屋の中へ入っていく。
一先ずウィルの向かった小屋を偵察する事に決め、小窓から跳躍し、巡回に見つからぬよう静かに着地した。




