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不吉な黒剣

三日目の朝、マリアは何事もなく午後から行商人としての仕事をしているようだった。

昨晩とも違って、深夜に部屋を抜け出して何処かに出向く事もなく、四日目の朝を迎えた。

「ちょっと街へ行ってきます。剣を研ぎに出したくて」

「そうかい。気を付けて行っておいで。夕飯の時間になったらいつもの酒場に来るんだよ」

荷物の整理をしながら、ニッコリとルカへ笑いかけてくる。

(…変わった様子も無いな…あの声のせいで疑い過ぎたか)

昨日は一日、マリアの後をつけていた。

だが、商品の買い付けや商会へ顔を出す程度で、特に不審な動きは見られなかったのだ。

宿を出て、武器屋兼鍛冶屋の店を目指す。

ソワソンに着いてから街の地理は頭に叩き込んでおり、場所も把握していた。



「いらっしゃい!」

中に入ると、扉に付けられた鈴が鳴り、カウンターの奥にある工房から店主が顔を出す。

若い女性が入ってくるとは思っていなかったようで、少し驚いた様子が見開いた目から窺える。

「この剣を研いで貰いたい。日数はどれくらい掛かる?」

短的に用件を告げ、長剣をカウンターへ置く。

「どれどれ…こりゃ、だいぶ使い込んでるなぁ。刃先はボロボロだし、ヒビも入ってやがる」

長剣を手にしてまじまじと検分する店主は、

「新しい奴を買った方が早いな。思い入れがあるんじゃなけりゃだが…」

「そうか…」

結構な数の怪物達を相手にしてきた剣だ。

だいたい、この世界にあのグロテスクな怪物が存在する事すら認知されていない。

化け物を斬り捨て続けられる武器など存在するのだろうか。

「…これは?」

壁には沢山の長剣や槍が飾られているが、一つだけ無造作に立てかけられている物がある。

「ああ…そいつはついさっき帰ってきちまったやつでな…」

「帰ってきた?」

店主の言い回しは独特だった。

嫌悪を込めた表情で、苦々しく詳細を語りだした。

「そいつが帰ってくるのは四回目でな。買っていった奴らは一週間もしない内にまた売りにくるんだよ。今回に限っては代金も要らないから返すって、言い捨てて置いていきやがった」

そう言って苦虫を噛み潰したように呻く。

「何でも、買ったその日から妙な夢を見るらしい。内容までは聞いちゃいないが」

ルカの身の丈程もある刀身。

大剣と分類される、その大きく物騒な刃は黒々と滑って見えた。

「女神ハルペイアも裸足で逃げ出すって受け売りで、面白がって納入したんだがなぁ…」

店主はため息を漏らした。

(これなら…あいつらとも渡り合っていけるだろうか…)

女神ハルペイアも恐れる不吉な大剣。

真っ黒な闇を宿した禍々しい刀身に心が湧き立つ。

まるで今日ここで邂逅する為に導かれた様だ。

「いくらで買える?」

驚愕に身を乗り出す店主。

「あんた、この剣買うつもりかい!?だいたいその細っこい腕じゃ、持ち上げられもせんだろう!?」

禍々しい黒剣の持ち手を握ってみる。

すると、不思議な感覚が身体中を巡った。

激しい怒りと嘆きの渦。

そして、どうしようもない焦燥感と喜びが溢れ、目の前が真っ白になる。

呪いが存在するなら正にこの剣に込められているのだろう。

高鳴る胸を抑え、振りかぶる。

手に掛かる重圧感の割に、重さはそれ程感じない。

ヒュッと音を立てて振り下ろせば、闇に満ちた刀身が歓喜の産声を上げるかのように煌めいて見えた。

その煌めきは店主も感じ取ったようで、

「…そうか…きっとあんただったんだな、そいつが待っていたのは」

感嘆の吐息が落ちた。

「譲ってくれるか?」

「ああ。金もいらねぇから持ってきな。料金貰って祟られたくねぇしな。そいつに、もう帰ってくるなと言い聞かしといてくれ」

面倒な居候の住人の厄介払いが出来たとばかりに、清々しい顔をして了承した。

「言い聞かせておくよ。ありがとう」


禍々しく、不吉な大剣を背負い、軽やかな足取りで武器屋を出た。

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