冬の到来
"ねぇねぇ、寒いってどんな感じー?"
"冬だ!冬が来たー!"
"ルカー!歌ってよー!"
"歌ー!"
乾いた少し冷たい風が頬を掠め、サワサワと木々が音を奏でる。
季節は冬の到来を告げていた。
「きょうの ゆうひは くだりて
あまつ くにつ みおしえ
ひろき あつき みめぐみ」
井戸の水を汲み上げながら、母から教わった古代語の歌を口ずさむ。
「つみという つみもなしに
みちを たがう ことなく
つくさしめ たまへ」
冷えた空気を吸い込み、そっと響かせて歌い上げた。
"歌ありがとー!"
"もっと聴きたいー!"
ここは、サヴォイア国辺境領の国境沿いにある、山々に囲まれた長閑なパヴァリア村。
冬支度に勤しむ村人が、忙しなく行き来をしている足音を、少年は敏感に感じ取っていた。
「ルカ、そろそろ陽が落ちる。家に入りなさい」
自身の師であり、ルカの母を献身的に世話する従者、ジュード。
「はい」
ルカと呼び掛けられた少年は、水桶を持ち上げ、溢さないように丁寧に運ぶ。
小さな木造の家屋の扉を潜り、キノコを出汁にしたクズ野菜のスープの香りが漂う台所に入った。
運んできた水を水甕へ注ぎ足し蓋を閉じる。
「ルカ、食事の後にお嬢様からお話がある」
従者の男はルカの母を"お嬢様"と呼ぶ。
「分かりました」
鍋からスープを掬い、硬いパンを一欠片持ってこじんまりとした居間へ運ぶ。
そこへジュードも自身の食事を持って対面に座った。
「「大地と大海のお恵みを、女神ハルペイアの名の下に、感謝と赦しを頂戴致します」」
食前のお祈りを済ませ、黙々と温いスープとパンを味わう。