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明けない夜

「逃げだそう」

同じようにお仕置きの後に治療室で処置を受けていた少年だった。

治療室に二人以外誰もいない事を確認して、

「明日あいつは王都に行くらしい。夜、君の牢屋の鉄格子を壊す。一緒に屋敷から抜け出すんだ」

その頃には、共に屋敷へやってきた他の子供達は見かける事もなくなっており、二人きりになっていた。

「僕はユノ。絶対に君を傷付けたりしない」

晴れ渡った空の色のような瞳をした少年は、地獄の中にあっても希望に満ちた光を湛えていた。

少年とユノの、長い夜が始まる。

バキッガッ!!

寝静まった屋敷の地下牢で、鉄格子が物々しい音を響かせる。

「今、足枷も外すから」

そう言ってユノは、素手で鎖を引き千切った。

少年らしからぬ握力に、目を瞠る。

「鍵、見つからなくて。よく分からないんだけど、最近何故だか力が強くなったみたいなんだ」

照れ臭そうに言ったあと、少年の手を取り、壊した鉄格子から抜け出す。

「見張りは先に倒しておいたから、このまま屋敷を出るよ」

ユノの言った通り、見張りの男達は意識を失い床に伏していた。

地下牢から屋敷へ続く階段を上がり、使用人達に気取られぬよう、調理場の勝手口から外へ飛び出す。

その時、

ピィイイイイイイ!!

屋敷の中から鼓膜を突き刺すような警笛が鳴らされる。

「急いで!」

手と手を取り合って、途方も無く広い庭を駆けた。

傷がズキズキと悲鳴を上げるせいで、思うように走る事が出来ない。

月明かりの中、縺れる足が地面に取られ転がる少年を、ユノは担ぎ上げた。

見捨てて一人で逃げる事も出来たはずなのに、躊躇いもなく出口を目指して走る。

門番が数人、声を荒げて駆け寄ってきた。

少年を降ろし、門番達を力任せに薙ぎ倒していく。

その場に立っているのが二人の少年だけになると、今度は屋敷内の警備をしている人間達が駆け寄ってくるのが見えた。

もう無理だ、追いつかれる。

そう思った時、

「…行って」

ユノは少年の背を押し、門扉から出す。

邪気の無い晴れ晴れと澄み切った笑顔だった。

「もう誰にも傷付けられたりしちゃいけないよ」

そう言ってユノは屋敷へ向かって駆け出す。

少年はユノの後ろ姿を見つめたまま身動き出来ずにいると、門番達の呻き声が聞こえた。

意識を取り戻す前に出来るだけ遠くへ。

後ろを振り返らずに、暗闇の中を足掻くように走り続ける。

街から抜け出し、小高い丘を駆け登り、呼吸がままならなくなった時に初めて背後を振り返った。

屋敷のあったあたりの空は赤く燃え上がっていた。

「…ユノーーー!!」

少年は初めて彼の名前を口にして、獣のように号哭した。




目を覚ますと、傷の手当ても済まされ古びた寝台に寝かされている。

「起きたかい?」

ちょうど部屋に入ってきたらしい女が声をかけてくる。

「よくも逃げ出してくれたねぇ…。身内のもんがたまたま見つけたから良かったものの…」

覗き込む女の顔に見覚えがあった。

少年と引き換えに、両親に金を渡した人買いだった。

「…まあ、いいや。顔だけは傷付けられてないみたいだからねぇ。次は無いから覚えとくんだよ」

女は、未だ治りきらない少年の腕の傷痕を抓る。

痛みなど感じず、ただ絶望だけが身体中を駆け巡った。

「もう一稼ぎさせてくれるなんて、"6番"は孝行者だねぇ」

女は下卑た笑い声を上げた。

"6番"は、屋敷での少年の呼び名だった。

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