プロローグ
ズザザザザ。
重さのある何かを引き摺るような音で目を覚ました。
あたりは暗闇と静寂に包まれている。
月明かりも雲間に隠れてしまっていた。
いつの間にかうたた寝をしてしまっていたらしい、焚き火の火はすっかり燻っている。
羽織っていた外套を脱ぎ捨て、長剣を鞘から引き抜く。
ちょうどその時、雲間に月が顔を出し、地上を照らした。
山中の少し開けた場所で待ち構え、音のする方向を警戒すると、木立の隙間から覗き込むように女が首を傾けていた。
そして全身が現れる。
長い髪を振り乱した女だった。
だが、おかしな事に女は衣服を纏っておらず、下半身は巨大な大蛇。
「今度は蛇女か」
思わず呟くと、呼応するかのように広角を引き上げ長い舌をチロチロと出す。
「一応問うが、誰の指示だ?」
その間にも蛇の下半身を持った女は近付き、シャーっと激しく威嚇をする。
「…そうか」
言葉が通じるとは思っていなかったが、やはり会話は出来ないようだ。
両手で長剣を構え、先手必勝とばかりに斬りかかる。
重そうな身体を持つ見た目に反して、蛇女の動きは俊敏だった。
上半身を狙って斬りつけたつもりが、胴体の蛇の鱗を掠めただけ。
距離を取るべく背後へ跳躍するが、女の鋭い牙が腕を切り裂く。
「くっ…!」
服を引き裂かれ、血が滲んでいく。
次の攻撃が来る前に、隠し持っていたダガーを顔目掛けて投げ付けた。
「シャーーッ!!」
ちょうど上手い具合に片方の目に刺さったらしい。
蛇女がのたうちまわり、そこら中の枯葉を土ごと巻き上げる。
トドメを刺す為に踏み込んだ瞬間、心臓が今までにない程跳ね上がった。
胸を抑え屈み込み、それでも敵を見失わないように視線を前方に向けると、
「…はは…う…え」
蛇女が居たはずの場所には、自身を慈しみ育ててくれた母が、優しい微笑みを湛えて両腕を広げていた。
戦いの最中にも関わらず、思わず構えを解いてゆっくりと近寄っていく。
"ルカ!ルカ!"
"幻覚ー!"
"毒回ったー!"
何やら慌ただしく、甲高い子供達の声が頭に響く。
静止させようとする声達を無視し、更に歩みを進める。
「母上」
とうとう目前までやってきた。
母は満面の笑みを浮かべ、手を伸ばそうとする。
そして、
「よくも愚弄したな」
ザクッ!!
微笑んだままの母の首が、勢いよく血飛沫を上げ地に落ちた瞬間、先程まで相対していた蛇女の顔に戻る。
首を落とされてもまだ少し蠢いていた。
ザクッ!ザクッ!ザクッ!
残りの下半身を、長剣を叩きつけるように斬り刻んでいく。
「母の死に際の顔は、そんな腑抜けた笑顔ではなかった」
三年前。
12歳になったその日。
家族を失い、一つの村が滅びた。