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第九幕より、王子の覚醒

 ヘリオスはベッドから飛び起きるとランタンを灯し、僅かな時間も惜しいとばかりの乱暴な手つきで貴族名鑑を(めく)った。



 ー 私と殿下の思う処は、もっと遡って、根本のところから(たが)うのかもしれません ー



 少年時代の夢、いつかのように彼の言葉が耳の奥で響く。

 黒髪に群青色の瞳の、夜みたいな同い年の少年。幼い頃から完璧王子だったヘリオスより遥かに優秀で、生まれて初めて嫉妬の感情を抱いた少年。かつて親友だった少年。



「これ、は…!」



 王都でレディ・コニーに籠絡された若者たちは、学院生という共通点はあれど、派閥や家の事業などに繋がりはなく、それ故に標的は無作為(ランダム)に選ばれたとばかり思っていた。しかし、根本、つまり、生母まで辿れば、明確な意図が見えてくる。


 この国は一夫一妻制だが、王侯貴族には後継を設ける義務がある。そこで“借り腹”と呼ばれる仕組みが生まれた。

 多くの場合、妻が一族や家門から子を産んだ実績のある女性を雇用して夫との間に子供を設け、生まれた子は夫婦の子として妻が養育する。王国では子が12歳になるまで母が最低限の教育を施す風習があるからだ。


 元は未亡人の経済支援の意味もあったが、次第に悪用する輩も現れる。つまり、愛人を実質的な第二夫人として家に迎え入れたのだ。この場合、妻と愛人の間で財産や利権を巡る対立が起こる可能性は大。事業や婚姻などで新たに縁を結ぼうとする家も巻き込まれる恐れも生じる。そこで貴族名鑑には生母の氏名も併せて記す規則が制定された。

 改めて彼らの生母を羅列してみれば、誰一人として貴族出身者はおらず、正妻の縁者でないことは明らかだった。


 薄暗い自室でひたすら名を書き留めて、まんじりともせず朝を待つ。いますぐにでも調べに行きたいところだが、護衛を減らした今、ヘリオスが予定外の行動を取ることは許されない。今夜ほど(とき)の歩みの遅さを怨んだことはなく、待つことしか出来ない夜に思い出すのは昔のことばかり。



 ー 拳で殴るか、金で殴るか、数で殴るか。突き詰めればそんなところでしょう?ー



 権力とは何かを問うた時、かつての親友がさらりと返して寄越した言葉に幼いヘリオスは絶句した。まだ会って間もなく打ち解けてもいない頃で、互いに8歳だった。その時の自分は幼い声に精一杯の威厳となけなしの矜持を込めて、こう反論した筈だ。



『それじゃあまるで、権力者は野蛮な乱暴者ではないか』



 ー 権力を(ほしいまま)に振るうならば、そうです ー



『ならば、蛮人にならぬためには、如何様(いかよう)にすべきと考える?」



 ー 学ぶのです。歴史も、文化も、言葉も、剣術も、信仰でさえも、総ては人の営みから発したものです。人の数だけ学びがあり、多く学べば物事をより多くの視点から分析できます ー



『私は歴史も語学も剣術もとうに学び、相応に修めている。お前は王宮の教育は不足と申すか?』



 そうだ。この時に言われたのだ。根本が間違っていると。

 そして続く言葉がーー



 ー 敢えて不足とするならば、他者(ひと)の心の在りようを学ばれるが良いでしょう。時に人は、善意に()って死に、悪意に拠って生かされるのですから ー



 *****


 締め切った窓の隙間から差す朝陽の暖かさがヘリオスの冷えた心と体に染み入る。太陽のように輝く金色の髪によく晴れた空と同じ色の瞳を持つヘリオスだ、朝はいつでも味方になってくれる。


「誰ぞある」


 鈴を鳴らして侍従を呼び、メモを渡して急ぎ調べさせる。


 そうして上の空のまま午前を終え、午後のお茶の時間も過ぎ、傾いた陽が街を赤く染めた頃。ヘリオスはようやくレディ・コニーの次なる、そして最終的な獲物(ターゲット)に辿り着いた。



 “Old Morrison”



 一代で巨万の富を築いた豪商。

 王都からほど近い土地に城のような邸宅を建て、地域の人々の相談役を務めながら悠々自適の隠居生活を送る好好爺。


 一方で若い時分から暗黒街に通じ、表舞台から退いた現在も闇カジノを開催して存在感を増しているという噂もある。



 表でも裏でも権力を持った、ジョー・モリソン。彼の通称が“モリソン老(オールド・モリソン)”である。



 王都でのレディ・コニーの醜聞相手の生母は皆、モリソン老が抱えていた娼婦であったのだ。これが意図的でないとは誰が考えるだろう。


「父の悲願を子に託す、といったところか」


 裏社会の後ろ盾(拳で殴る論理)有り余る富(金で殴る論理)で大いに権勢を振るったジョー・モリソンだったが、貴族になるという野望だけは果たされなかった。そこで没落しかけの貴族に自分の子を宿した情婦を充てがい、貴族家の子として産ませたのだろう。そもそも没落に至る負債さえも闇カジノで負わせたものであったかもしれない。


 そうして徐々に貴族中に自らの(たね)を広め、教育を施し、貴族社会での発言力を強化しようとしたものか。まさに“数で殴る”論理だ。



 では、レディ・コニーの目的とは?



「なるほど“悪意に拠って生かされ”るのも悪くはないな」



 ヘリオスは独りごちると、赤々と燃え盛る暖炉の炎に報告書の束をバサリと放り込んだ。


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