第八幕より、若き王子の苦悩
「目的はなんだ」
側仕えが下がったのを検めて、王子ヘリオスは重い息を吐いた。
男子学院生とレディ・コニーの噂が王都でも広まっている。幸いなことに、真贋を問わず噂を広める社交界は終わったばかり。領地持ちの貴族家は所領に戻っているため王都の片隅で密かに囁かれているに過ぎない。噂はたかが噂だからだ。
しかしこの噂が広範囲に及んだならば、噂は事実となる。社交界デビューを済ませ一端の大人と見做される彼らが引き起こした醜聞は、下手を打てば生家を巻き込んだ騒動になるだろう。
しかし、現段階でレディ・コニーを罰する法はない。
王国は罪刑法定主義、つまり、犯罪にあたる行為とそれに対する処罰が法で定められており、定めのない事柄で罰してはならないとする立場をとっている。
レディ・コニーと男たちは、自由恋愛。
決して褒められたものではないが法の出番はない。
男たちと各々の婚約者は、不貞であり契約違反。
とはいえ現時点では各家が解決するべき問題で、下手に王家が介入しては主権の侵害になりかねない。
しかし多数の家が関わる醜聞が表沙汰になれば国内のパワーバランスが崩れる。急激な変化がもたらすのは混乱しかない。
王家のただ一人の王子で、母は国内最大の貿易港を有するロッテルダム公爵家の出身。内定している婚約者は一大穀倉地帯を治めるキエフルシ公爵家の末娘。国内で二番目に権力と後ろ盾をもつ男は、それだけに権力に対して慎重であった。
「この事象はどう収めれば傷が少ない?考えろ」
無意識のうちに、寮から持参したトランクを開く。侍従に詰めさせず誰にも触れさせず、自ら運び入れたそれには、いま無性に欲するものが詰め込んである。
気分の落ち着くハーブティ、頭をすっきりさせるハーブティ、安眠をもたらすハーブティ。効果効能それぞれな沢山のハーブティーの瓶を押しのけて手にしたのは、異様な存在感を放つ、鈍器になりそうなほど分厚く重い、黒い革表紙の学術解説書。定規で測ったかのような四角四面な文字は書き手の性格をそのまま映しだしている。
「お前が私であったならば、どう対処する?私よりも優秀なお前ならば」
完璧な王子は誰もいない自室で奥歯をぎりりと噛み締めた。