テンプレについて考えてみよう
あちこち見回って疲れたので、イセコイ小路の人気カフェに入ります。
「うわあ……なんだかお洒落なカフェですね……」
『酢ライムさま、一番人気メニューで良いですか?』
「はい、お任せします!」
「お待たせしました。亜苦薬冷コーです」
可愛いけど無愛想な猫耳メイドさんが注文した品を持ってきてくれる。おいおい、酢ライムさま、目つきがいやらしいですよ? どこが目かよくわからないけど。
「あの、ねこ先輩、コレ何ですか?」
君の目っぽい何かは節穴なんですか?
『亜苦薬冷コー(悪役令嬢)つまりはアイスコーヒーですが他の何に見えるとでも?』
「え? でも冷コーっていうから……」
『大阪ではそういうらしいですよ? 最近は死語になりつつあるみたいですけど』
「そうなんですね、でも何で人気なんだろう?」
『やはり甘いだけでは飽きるのでは? 甘いお菓子に苦いアイスコーヒーは良く合いますから』
「なるほどね……それにしても、よくあんなにお客さんがさばけますよね?」
アイスコーヒーを飲みながら、酢ライムさまが感心したようにポツリとつぶやく。身体にストローをぶっ刺しているのはかなりシュールです。飲んだアイスコーヒーによって、一瞬黒っぽく濁るが、すぐにもとのライムグリーンに戻る。
『ふふっ、人気店はどこも型を使っているから、一から作るよりも簡単に大量の料理が出せるんですよ』
「やっぱりテンプレ使わないと駄目なんですかね? 俺はテンプレに頼りたくないんですけど……」
『そうですね、単純にランキングを狙うのであれば、使った方が有利なのは間違いないですよ? それにね、何かテンプレを使うことに抵抗があるみたいですけど、別にテンプレを使うのは悪いことでもなんでもないのですよ』
「どういうことですか?」
『例えば、ここに美味しそうなステーキがあると想像してみてください』
「はい、しました」
『それがステーキのテンプレです。そして、隣に真っ黒な謎の塊があるとしましょう。味はまったく同じだとしても、ほとんどの人はテンプレのステーキを食べます。テンプレによって、食べる人には、どんな料理なのか、素材は何か、どんな味なのか、説明しなくても情報が伝わります』
「なるほど、提供する側には手間を減らし、食べる側には安心感を与えるということですね!!」
『その通りです。さすがですね酢ライムさま』
「えへへ……」
『そして、あえてテンプレを外すというのは非常にリスキーです。例えば先ほどのステーキ、食べたらイチゴ味だったら吐き出しますよね? 期待していたテンプレを外すというのはそういうことです。相当な技量がないと難しいのですよ』
「う……それってもしかして?」
『先ほどのスライムが高校生になるお話には、魔法もスキルも出てこないんですよね?』
「はい……むしろ超平凡な高校生です」
『……たぶん、スライム、転生というワードから連想されるテンプレで来店したお客さまは……』
「思ってたのと違う~ってなりますよね? あ”あ”あ”ぁぁ!!?」
『そうなる可能性が高いというだけで、あれ、これは新しいな!! となるかもしれません。読者の反応は、いつだって作者の期待を裏切るものですからね』
「……結局テンプレと流行を上手く使いこなせば良いということなんでしょうか?」
『流行のテンプレ、例えばザマアリトッツォ(ざまぁ)や亜苦薬冷コー(悪役令嬢)をセットにして提供すれば、それを欲しているお客様(読者)を集客しやすくはなりますね』
「たしかに謎の暗黒物質セットをメニューに載せてもマニア受けしかしなさそうですもんね……」
『ランキングに挑むならその通りです。ですが、酢ライムさま、一番大切なのは、貴方がどんなお店にしたいか。人気のチェーン店やコンピ二なのか、地元に愛される大衆食堂なのか、隠れ家的な高級レストランを目指すのか。あるいはひっそりと自給自足を楽しむのか。そこが定まれば、きっとこの世界を楽しく歩くことが出来るでしょう。食(小説)は多様性があってこそ豊かな文化となるのですから』
「確かに王都だけでも色んなタイプのお店がありましたね。はい……俺もどんな店にしたいか考えてみようと思います」
Illustrated by 空野奏多さま
「ねこ先輩……いくらなんでも亜苦薬冷コー(悪役令嬢)は苦しいんじゃ?」
『インパクトが大事なのですよ。ふふふ』