作品を投稿するまえに
Illustrated by 糸さま
『さて酢ライムさま、一通り知っていただきたいことは説明させていただきました。あとは実践あるのみです!!』
「おお、いよいよですか! よぉ~し、やってやりますよ。このなろうという大海に漕ぎ出すときは今!! 世界にこの名を轟かせるときがきましたね!!」
『うんうん、頑張ってくださいね~。じゃあ!!』
私は酢ライムさまに背を向けて足早に歩きはじめます。
「ち、ちょちょちょ、ちょっと待ってくださいよ~。俺を独りにしないでくださいよ~」
後ろから縋りついてくる酢ライムさま。せっかくなので試食させてもらいますか。ガブッ。私は容赦なく噛みちぎります。もきゅ、もきゅ、もきゅ。
ふむ……焦っている酢ライムさまは、ポ〇リスエット味ですか……あせだけに、にゃふふふ。
『何を甘えたことを言っているんですか? 普通はみんな自分で考えてやるんです。酢ライムさまはラッキーだったのですよ。それに私だって暇じゃあないのです。自分のお店を切り盛りしなければなりませんからね?』
「う……たしかにそうですけど……」
まったく……仕方がない人ですね。せっかく完食してしまう前に立ち去ろうと思いましたのに。
『酢ライムさま、心の置き所をお決めなさい。それによってこの世界の歩き方が変わりますから』
「……心の置き所?」
『この世界で何をしたいか、何を目標にして、何を成し遂げたいのかという自分なりの指針です』
「な、なるほど、あんまりこれっていうのは無いんですけど、今はとにかく誰かに評価してもらいたいんです。その結果として、ランキングに入って、沢山の人に食べてもらえたら(読まれたら)最高ですけどね」
『ええ、最初はそれでも良いと思いますよ。ですが、本気でランキングに入って有名になりたい、多くの人に読んでもらいたいというなら、より多くの人に刺さるマーケティング戦略と絶え間ない研究、妥協のない工夫が必要になります。したからといって、結果が出るものではないですけれど、結果を出している人は程度の差はあれど、皆やっていますからね』
「で、でも、初投稿で好きに書いたらいきなり書籍化とか実際にありますよね?」
『そういう例が絶対にないとは言いませんが。テストで好成績を出しながら、え? 全然勉強してないし? というようなもので、信じてはいけません。そもそも言わなくても良いことをアピールしている時点で、天才作家だということの演出ですし。たまに本当に素で言っている人もいますけれど、あれは呼吸をするように当たり前にやっているので、意識して特別なことは何もやっていないよ? という意味です。鵜呑みにしてはいけません。優雅に見える白鳥も水面下では必死に脚を動かしているのですよ』
「文才を持った人間がさらに必死に努力した結果だということなのですね……」
『文章は個性ですから、人の数だけ文才はあるのですよ。もちろん酢ライムさまにだって、他の誰にも真似できないユニークスキルがあるのです。努力は必ず報われます。ただし結果が出ない場合は、努力の種類と方向が間違っているのかもしれませんね。十円玉を磨き続ければピカピカの十円玉にはなりますが、決して百円玉には成れないように。本気で百円玉に成りたければ、磨くのではなく、素材を変える必要がありますからね』
ふふふ、ちょっとだけ良いことを言ってやりました。
「あ、そう言えば俺、ギザ十集めてましたよ」
ああ良かったですね。心底どうでもいい情報ありがとうございます。話聞いてました?
『……ちなみに、昭和26年の未使用ギザ十なら、約6万円の価値があるそうですよ』
「おおっ!? すげえ、家帰って探してきます!!」
『使用済みだと15円ですけどね……』
「……やっぱり何でもないです」
Illustrated by 空野奏多さま
『話が脱線しましたが、酢ライムさま、覚悟は決まりましたか?』
「覚悟……ですか?」
『はい、誰にも見向きもされずに、誰一人来店せず、評価以前に食べてすらもらえないのが当たり前という覚悟です』
「……はい、ねこ先輩と一緒にこの世界のことを学びましたからね。そんなに甘くないことはわかっています。世界中の美味しそうな料理が並んでいる中から、偶然手に取ってもらえるようなものですしね」
『はい、だからお客様が来なくても、それは当たり前のことで、落ち込む必要もないのです。むしろ、奇跡的にお客様が来店したら、その人と結婚した方が良いレベルで運命感じちゃってください』
「ふふっ、たしかにそうかも。他に何かアドバイスとかありませんか?」
『いいえ、何も。あとは実践あるのみ。実践しないとわからないことの方が多いのですよ。経験して初めて知識も活きてくるのです。強いて言えば、いきなりフルコース(長編連載)を始めるより、慣れるまでは軽食(短編)や軽めのコース(中編連載)からの方がダメージは軽微なことぐらいですかね』
「たしかに……いきなり本命を投入するのは怖い気がしてきました」
『次回、最終回、ねこ先輩……死す。お楽しみに!!』
「……あの、誰に向かって言っているんですか? って死んじゃうのっ!?」
Illustrated by みこと。さま