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(破)『狂乱』




 停車した列車は蒸気機関車だった。

 四両編成の機関車は、機関部も客車も全てが黒一色で構成され、光沢がほとんど無い。そのせいで、凹凸はなんとなく分かるが、何がどこにあるのかはっきりしない。また、逆さまなせいなのか煙突から煙が吹き出る様子も無かった。


 停まった列車を、見物客は固唾を飲んで見守る。

 これから起きるであろう奇跡を今か今かと待っていた。目にした不可思議な現象に、神に祈るような気持ちで目を離せないでいた。


 完全に停まった列車の扉がフシューッと空気の抜ける音と共に開き始める。

 と、同時に。


「当駅をご利用いただきありがとうございます。皆様のために新鮮な食材をご用意いたしましたので、乗客の皆様方は存分に狩りと食事をお楽しみください」


 意味不明なアナウンスが流れた。

 誰に語りかけたものなのか分からず、その場にいた全員の頭に疑問符が浮かぶ。

 だが、その疑問が口から出てくることは無い。その前に、事態が動いたのだ。


 列車の開ききった扉から何かが出てくる。

 それは、逆さまの天井プラットホームに当たり前かのように逆さまのまま降り立った。上を見るように二階にいる見物客を見下ろして、ジャンプするような素振りを見せると、二階に向かって落ちてきた。人が集まる二階にズシンッと重々しい音を立てて着地する。


 落ちてきたのは真っ黒な化物だった。

 人のようにも見えるが、黒い身体には(列車と同じく)光沢が無く、輪郭以外はっきりとしない。ただ、今まで見たことも無いような化物だった。


 落ちてきた化物はそれだけではない。

 見物客が最初に落ちてきた化物に気を取られている間に、列車から次々と出てくる。ある者は最初の化物に続くように二階へ、ある者は三階テラス部分に手すりを曲げるほど強く、または手すりの上に音も無く着地していた。


(なんだ……これ……)


 マークや他の客達は出てきた化物を見て唖然とする。

 出てきた化物は全て真っ黒で色味が無く、気持ち悪い。どれもこれも輪郭以外はっきりとした形を理解できない。脳が理解することを拒んでいるとさえ感じた。


 気付けば、そんな風に他の化物に目を奪われていた見物客の一人が最初に出てきた化物に捕まっていた。無造作に持ち上げられ、化物の前まで持っていかれる。


「え?」


 真っ黒な身体に、突如別の色が現れる。

 それは口だった。白い歯が並ぶ大きな口。身体の中央に突然白い歯が浮き、そして真っ赤な口腔が見えた時、捕まった見物客はガブリッと噛み付かれていた。


「ぎゃああぁぁぁぁぁぁっ!!」


 悲鳴が上がる。

 だが、噛み付かれた見物客の上げた悲鳴はすぐに途切れた。身体を食いちぎられ、ショックで息絶えたのだ。


 事、ここにいたっても周囲は事態を全く理解できていなかった。

 止まったような時間。その中で化物の咀嚼音だけが響いていた。大量の血が辺りに飛び散っていく。


「きっ……きゃああああぁぁぁぁぁぁああ!!」


 客達はようやく理解する。自分の命が脅かされている事を。

 そして、悲鳴と共にクモの子を散らすようにその場から逃げ出した。

 大半はそのまま外へと繋がる左右の二階通路へと飛び込んでいった。

 

 比較的外側にいたマークは、事態を把握した後、家族の下に戻ろうと階段に向かっていた。


(ここにいたまずい! 急いで戻らないと!!)


 そう思うが、人波に押されてうまく進めない。

 そのまま壁際まで追いやられてしまう。二階通路に向かう人の波に飲まれるような事は無かったが、身動きが取れない。何とか、壁沿いを這うようにして階段まで移動できた。ただ最後に、化物の様子が気になってそちらに目を向ける。


 そして……見てしまう。

 化物達に白く浮き上がった口を。それらが、ニタニタといやらしく笑っているのを。

 やつらは、人間が慌てふためき逃げていく姿を見て楽しんでいるのだ。




 その悲鳴と喧騒は、かすかにだが地下一階の飲食店街に聞こえてきていた。


「何があったのかしら?」

「……ママ、こわい」


 テレサがマリアにしがみついて怯えている。

 周りの客達もかすかに聞こえてくる悲鳴にざわついているが、店の奥からオーナーが顔を出して、客達がパニックにならないように声を掛けていた。


「お客様、落ち着いてください。今、何があったのかを確認いたしますので、それまでごゆっくりと食事をお楽しみください」


 そう告げて、ウェイトレスに何があったのかを確認してくるように指示を出す。

 ウェイトレスも気になっていたのか頷いて店の外へと出て行く。そんな彼女の前を、二階から逃げてきた客が店の前を駆け抜けていく。彼女が話しかけようとしても、逃げるのに必死であっという間に走り去ってしまった。


 だが、逃げてきているのは彼だけではなかった。

 彼女が追いかけようか迷っていると、後から後から他の客が逃げてくる。その内の一人を何とか捕まえて、状況を聞く。そして、事態の深刻さを店に戻ってオーナーに伝えるのだった。


「……化物が出てきて襲ってきた? それは本当なのか?」


 彼女の報告に、さすがにオーナーも客も半信半疑だった。

 ただ、逃げてくる客がいるのは事実なので、本当なのかもしれないとは思う。しかし、実物を見ていないので、いまいち事態の深刻性が伝わらない。互いに顔を見合わせて、どうしようかと悩んでいる。


 そこへ。


「マリア! テレサ! 無事か!?」


 マークが息を切らして戻ってきた。


「あなた!」

「パパー!」

「……よかった、無事か」


 二人を抱きしめる。

 だが、落ち着いてもいられない。


「上の階に化物が出た。すぐここから逃げよう」


 その言葉に反応したのはマリアやテレサではなく、周りの客だった。

 マークの周りに集まり、問いかける。


「おい! 化物が出たって本当なのか!?」

「ああ、本当だ。あんた達もさっさとここから逃げたほうがいい。食われるぞ」


 落ち着いて話していられる時間も無いので、手短に現状を伝える。そして、逃げるように促した。


「あんた達がどうするかは知らないが、俺達は行く。おいで、テレサ。マリアも」


 幼いテレサを抱き上げて、マリアの手を引いて店を出る。

 とりあえず向かうのはこの先にある地下駐車場。そこから外へ出ようと考えたのだ。

 残された客も、現状を聞かされて危険を感じたのか、マーク達の後を追いかけていった。




 一方。


 二階通路へ逃げ込んだ客達は、巨大プラットホーム上を横切るそこそこ長い通路を駆け抜け、外へと通じる最後の階段を駆け下りていた。


 だが、駆け下りた先で足が止まる。


「マジか……」


 先頭を走っていた男は、状況を見て取って愕然とする。

 それは、外へと通じる扉が全てシャッターで閉ざされていたのだ。

 このままでは外へは出られない。しかも、シャッターが閉じていると言う事は、今ここに押しかけている客全てがここで足止めを食らうと言う事。


 戻ることは出来ない。ここに向かう人が多すぎる。

 前には逃げ道は無く、後ろはここへ向かう人だかり。八方塞がりだった。


 それでも、男は叫んでいた。


「おい! シャッターが閉まってて外には出られない! 戻れ!」


 だが、向かってくる群集にはそんな男の声は届かない。

 後方からやってくるであろう化物に怯え、前が見えていない。時折響いてくる、群衆の足音とは違うズシンッとした振動。それが、冷静さを失わされていた。

 そのうち、群集が男に追いついた。前にはもうシャッターしかないのに。

 まだ状況を理解する事が出来た者も、後ろからの圧力で立ち止まれない。


「押すな! 押すなって!」


 ぎゅうぎゅうとシャッターに押し付けられて、男や他の客からそんな言葉が漏れる。だが、もう彼らに逃れる術は無い。

 とうとう、耐えられないほどの圧力が男達に掛かる。


「……ああ、誰か助けて!?」


 絶望し、誰かに助けを求めるが、そんな男のつぶやきは群集にかき消される。今もなお、圧力を高める人の波に身体が限界を超えた。


「ああぁぁぁぁあ……」


 押しつぶされた。

 周りの客達も圧力に負けて、どんどん物言わぬ死体へと変わっていく。

 だが、妙に硬いシャッターは、それほどにまで高まる圧力にも耐えて、その後も後続に押されて潰れていく群集を壊れる事なく受け止め続けた。

 その様子を、後方から音を立てて追い立てている化物はニヤニヤ笑いながら見つめていた。




 客の中には、一階の巨大プラットホームから外へ逃げようと考える者もいた。

 左右のプラットホームは広く、南北に列車の出入り口がある。そのため、他の場所と違い、簡単に脱出できると思ったのだ。


 一階の改札を抜け、プラットホームに飛び込む。

 後を追ってくる客は多くなく、南北のどちらの出入り口に殺到しても、問題なく出られそうだ。


「早く! あの化物度もが来る前に……!」


 各自ばらばらに出口に向かう客達。その中で足の速い者はあっという間に出口へと到達した。プラットホームから飛び降り、線路へと踏み込もうとした。


 だが、飛び降りても、その足が地面に付く事はなかった。


「……え?」


 逆に、一瞬で空へと浮かび上がる。

 後続は、一瞬で浮かび上がった男を見失ったのか、立ち止まって男を捜していた。

 そこまで分かったが、それ以上は理解できなかった。なぜなら、理解するよりも先に男の命が消えたのだ。


 ズシャッと、線路上に何かが落ちてくる。

 後続がそちらを見ると、それは消えた男の身体で、その頭部は失われていた。

 上を見ると、翼の生えた化物が握りつぶした男の頭を持って飛んでいた。表情は分からなかったが、ニヤニヤと笑っているように感じられた。


「うわあああぁぁぁぁぁああ!!」


 踵を返して改札に戻ろうとするが、化物が出たのはここだけではなかった。

 反対の出口にも似たような化物が飛んでいた。そして、改札からはぶよぶよとした形容しがたい醜い化物が入ってくるではないか。


 それらは、客達を逃がさないように牽制しながら動いている。

 下手に動けば、それだけで命を取られるだろう。


 出口には空飛ぶ化物。改札には醜い化物。

 囲まれていた。


 咄嗟に拳銃を抜いて発砲する者もいたが、まるで効いた様子も無く、反撃を食らい命を落としてしまう。


 化物達は悠々と客達を追い詰めていく。

 空飛ぶ化物が牽制しながら、包囲から外れた者を捕まえては、空高く舞い上がり放り出す。

 醜い化物からは幾筋もの触手が伸び、客達の包囲を縮めていく。触れると、一瞬で巻き付かれ圧殺された。

 どんどん縮まる包囲に、最後には全員ひき肉のように潰されて、そのまま化物達に(むさぼ)られていった。



 マーク達が駐車場に来ると、先に逃げていた客達が閉じたシャッターを開けようと、死に物狂いで暴れていた。

 そこらに置いてある物を手当たり次第に投げつけたり、下から物でこじ開けようとしたり、ある者は車を持ち出してきて、開かないシャッターに体当たりをかましていた。それでも、シャッターはびくともしていない。

 周りは、その様子に絶望したり、辺りに怒鳴り散らしていたりと混沌としていた。

 マークの後を追ってきた客達もあまりの有様に絶句している。


 マークはとりあえずシャッターに近づいて、周りの何もしていない客に話しかけた。


「おい、あのシャッターはどうなってるんだ?」


 マークの言葉に、話しかけられた客はマークを睨みつける。


「ああ!? 見たら分かるだろ!」


 どうにもなっていない。

 開ける事も壊す事も出来ずに、立ち往生しているのだ。どうにかなってくれるなら、それだけで万々歳なのに。

 いらいらしながら、客はマークに食って掛かる。


「どうにか出来るならさっさとしてくれよ!」


 だが、来たばかりのマークに何ができると言うのか。


「……あなた」


 マリアがマークの手を強く握る。

 それだけで、マークは少し冷静さを取り戻した。


「何か考えてみよう」


 シャッターから少し離れて、抱いていたテレサを降ろす。

 テレサはいやいやと離れたがらないが、今すぐ何がどうにかなるわけではないので、マリアと二人で宥めながら、降ろした。


「パパァ……」

「大丈夫だ。何とかなるさ。マリアも何か案がありそうなら言ってくれ。このまま手をこまねいていても仕方が無いからな」

「そうね」


 何かしらの方法が無いか話し合う。

 付いて来た客も含めて話し合うが、簡単に思いつきそうな案なら他の客がすでに実行してそうだった。

 あーでもない、こうでもないと考えていると、唐突に周囲がオレンジの光に包まれた。


「な、なんだ!?」


 驚く客達。

 それと同時に、けたたましいサイレンも鳴り響き、その場にいた全員の動きを止めてしまう。


 息を呑む一瞬。

 直後、ガラガラッと音を立てて、シャッターが動き出す。

 ゆっくりと上昇を開始し、隙間からは外の夕日の光が飛び込んでくる。


「お、おい……シャッターが……」

「……開いていく」

「やった! 外に出られるぞ!」


 一番近くにいた客が手に持った道具を放り出し、まだ少ししか開いていない隙間から外へと這い出す。待ち切れないのか、頭をぶつけ、それでも外の光に引かれて、無理やり身体を滑り込ませる。


 他の客達も、それを見てシャッターへと駆け寄っていく。

 そこには歓喜に溢れ、助かったと泣いて喜んでいる者もいた。我先にと、押し合いへしあい、シャッターが開くのを待っている。


 逆にマークは警戒した。

 さっきまでピクリともしなかったシャッターが急に開いたのだ。誰かが何かしたなら教えてくれてもいいはずだ。そうじゃないなら、なぜシャッターは開いたのか……。


「……何かおかしい。近づくな」


 マリアとテレサの手を引いて、シャッターから離れる。

 そして、その後の様子を窺う。


 そこへ、外へと飛び出した男の歓喜の声が聞こえてきた。


「やった! 出られた! 出られたぞ!!」


 喜びに溢れ、凄まじいハイテンションになっているのが、声からでもわかる。


 が。


「…………………………………は?」


 間の抜けた声。

 

 直後。


 グシャッ!


 何かが潰れる音がした。

 まだひざ上ほどしか開いていないシャッターの下を真っ赤な血が流れてくる。


 シャッター前に集まっていた客達の動きが止まる。

 血から逃げるように身を引き、シャッターから離れ始める。さすがに、血の流れるシャッターをくぐる勇気はないようだ。


 ゆっくりと上がっていくシャッター。


 その場にいる全員がその先に待っているモノを予想できているが、それでも一縷の望みを捨てきれず、それ以上離れる事はしなかった。

 ただただ、上がっていくシャッターを見つめていた。


 マークも、マリアとテレサを庇いつつ、固唾を呑んで見守っている。


 そして、シャッターの景色が坂道以外になった時、それはやはりそこにいた。



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