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(序)『天井プラットホーム』





”世界には様々な駅が存在する。巨大ターミナルや小さな町駅、中には摩訶不思議な駅もいくつか存在している。

 君達にはその内の一つを紹介しようと思う。

 その駅は百年以上も前に建設され、幾度かの戦争にも倒壊することなく、今も現存・現役の歴史的にも貴重な駅だ。

 そんな駅の最大の特徴は、駅舎の中央に存在している天井に逆さまに設置されたプラットホームだろう。建設当時から存在していて、なぜ天井に逆さまに作られたのか、今もってその理由は分かっていないんだ。建設当時の記録も残っていないから調べようも無いんだけどね。ただ理由は分からずとも、その威容には一見の価値があると思う。その歴史にも興味がそそられることだろう。

 皆も何かの機会があったなら、ぜひこの駅を訪ねてみてほしい。そして、その光景に目を剥き、歴史に思いをはせてほしい。なぜなら、世界は謎に包まれ、摩訶不思議に満ち溢れているのだから”


 そんな風に書かれた雑誌を握り締めて、マークは家族と共に列車に揺られていた。


「ねえパパ。後どれくらい?」

 金髪の少女、娘のテレサがマークにしがみついてくる。


「もう町には入っているからあと少しで着くと思うよ」


 マークが窓の外を見る。テレサも一緒になって窓の外を眺める様子を反対席に座っている妻のマリアが微笑んで見守っていた。

 マーク一家は今、家族旅行にやってきていた。後二駅進めば、今日泊まるホテルのある町にたどり着く予定だった。だがその前に、マークには寄っておきたい場所があった。


 マークが握り締めていた雑誌はミステリーハンターの間では有名で、今回の家族旅行でいけそうな場所をピックアップしており、今からその場所を訪れるのだ。自分の趣味を理解して付き合ってくれる家族に感謝だと、マークは思う。


「お、あれだ」


 マークが指差したのは、真っ赤な夕日に照らされたかまぼこの形をした巨大な倉庫のような建物だった。それは駅のプラットホームで、この駅は左右にある巨大なプラットホームとその間に存在する縦長の建築物で構成されている。駅舎である(あいだ)の建物は歴史的建築物で、三階部分に有名な天井プラットホームがある。地下には増築された飲食店街があり、この町の特産物などが売られている。


 列車は速度を落として、プラットホームに向かっていく。顔のように見える出入り口を抜け、列車は停車した。


「本日は当駅をご利用いただきありがとうございます。当駅には二時間ほど停車する予定です。しばらくお待ちください。当駅は暦的建築物や当駅自慢の特産品などがございます。ご観覧、ご飲食をお楽しみください」


 そんなアナウンスが流れてくる。


「さあ、降りようか。荷物はちゃんと持ったかな? 忘れ物は無いかな?」

「ちゃんと持ったー」

「ちゃんとあるから大丈夫よ。さ、降りましょう」


 マーク一家が並んで列車を降りていった。


「……なお、その(かん)当駅外に出ることは出来ません」


 最後に付け足すように流れたアナウンスは、マーク一家にもその他の観光客の耳にも届くことは無かった。




 列車を降り、改札を抜けたマーク一家は、とりあえず夕食をとることにした。もうすぐ日が沈む時間なので、次の駅や泊まる予定のホテルまで待てないのだ。この駅には二時間停まるらしいので、食事する時間は十分にある。他の乗客たちは、三階部分にある天井プラットホームを見に行く人が大半なのか大体が二階に向かっているので、地下へと向かう人の数はそれほど多くない。


「さて、どこで夕食を取ろうか」


 幾つもある飲食店を軽く見て周り、その中で気になった店へと入る。適当に注文して席について待つ。


「おなかすいたー」


 テレサが空腹を訴えて、足をぶらつかせている。


「もう、お行儀が悪いわよ。もう少しで来るから、おとなしく待つのよ?」


 マリアが窘める。

 そんな親子のほのぼのした様子をマークが眺めていると、気になるアナウンスが流れてきた。


「もうまもなく、天井プラットホームにてショーを行います。当駅ご利用のお客様はぜひご観覧に来ますようお願いいたします」


 事前情報には載っていなかったアナウンス。


「お、それは急いで見に行かないと! 食事してる場合じゃない!」


 マークの(趣味の)ミステリーハンターとしての血が騒いで、急いで席を立つ。


「あなた」

「すまない。ちょっと行ってくるよ。これを逃す手は無いんだから」

「はいはい、分かってますよ。気をつけていってらっしゃい」

「パパ、いってらっしゃーい」

「二人はそのまま食事を続けてくれ。じゃ、行ってきます」


 あわただしく店を出るマークを、マリアとテレサは見送った。

 こんな時にも怒らない家族に、理解ある家族で本当に良かったと再び思うマークだった。




 逆さまの天井プラットホームは駅舎の中央に位置し、そこから縦長の駅舎を縦断するように天井に線路が敷設されている。その両端は斜めに作られた大きな窓になっており、窓からそのまま外へと線路が延びていくイメージで作られている。そして、三階部分にある天井プラットホーム、および線路の下は吹き抜けになっていて、二階からもその威容を見ることが出来るつくりになっていた。


 マークが天井プラットホームが見える二階部分に行くと、そこにはすでに大勢の人が集まりごった返していた。三階吹き抜けのテラス部分にも結構な人が集まり、ショーが始まるのを今か今かと待っている。


「……すごいな」


 今、この駅にいるほとんどの人がここに集まっているのではないかと思ってしまうほどの渋滞っぷりだ。そのほとんどが天井に目を向けている。

 だが、そうではない人も中にはいるようだった。

 人だかりの周囲には駅員や警備員らしき人もいて、集まっている人が何かよからぬことをしないか見張っている。その駅員に詰め寄っている人達がいるのだ。


「おい、何で外に出られないんだ!? 出入り口がシャッターで閉まってたぞ!」

「た、大変申し訳ございません! で、ですが、今回のショーのための特別措置としてしばらくの間、当駅から出ることは出来ないんです! ショーが終わるまでもうしばらくお待ちください!」


 聞き耳を立てていたわけでないのだが、距離が近かったためか、この喧騒の中でも聞き取れた。


(駅の閉鎖? ショーのために駅を閉鎖するなんてそんな事があるのか?)


 そんな疑問が浮かぶ。

 だが、口論している駅員もそれ以上の理由は知らないらしく、しどろもどろになっていた。理由を聞かされていない下っ端はかわいそうなものだ。

 だが、さしたる問題も無かったのでそれ以上は聞き流した。


「もうまもなく、特別な列車が到着いたします。どうぞそのままでお待ちください」


 そのアナウンスと共に、線路の両端にある大窓が外に向かってゆっくりと開いていく。完全に開ききった窓の向こうには、いつの間にか雲が広がっていた。雨は降らなそうだが厚い雲で覆われている。ただ、西日は入ってきているので空全体が覆われているようなそんな類ではないらしい。


 何が起こるかわからず、開いた窓から空を見ていた観衆の中に、それに気付くものが現れた。


「お、おい。あれは何だ!?」


 そんな言葉と共に、片方の開いた窓の空を指差す。


 指差された先には厚い雲。だが、その中に何かが見えた。それはだんだん大きくなっていく。徐々に近づいてきているようだった。

 最初は点に見えたそれは、次第に細長くなり、くねって見えた。近づけば近づくほど、その全容が見えてくる。

 それは逆さまの列車だった。逆さなの列車が天からこの駅に向かってゆっくりと降りてきている。いや、逆さまなのだから、昇ってきていると言ったほうが正しいのか。


「oh, Amazing……」

「oh my god……」


 そんな呟きがあちらこちらから聞こえてくる。

 唖然として、呆然となる観衆。天から降りてくる何かに気付いた時に嬉々としてカメラを構えたのに、そのままの姿勢で固まっている。


 マークも、その光景に心あらずといった様子で呆然としていた。ミステリーハンターといっても、本当のミステリーに遭遇することなんて今まで無かったのだ。余りの非現実的光景に、見えているのに脳が理解してくれない、そんな有様だった。


 列車は速度を落とし、開かれた窓からゆっくりと入ってくる。

 車輪が線路とぶつかり、金属音が響く。

 キーッというブレーキ音も響き渡り、逆さまの列車は天井プラットホームへと停車した。




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