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あの桜はまだ燃えているか  作者: 濱野乱
りゅうおうのおしごと
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果たせない約束

 

 朱色の鳥居は、ビルの三階くらいはありそうだ。俺たちは見上げる格好になる。


 鳥居の上にいた黒い服を着た少女が、すくっと身を起こして飛び降りた。


「ショータ、受け止めて」


 名前を呼ばれた気がしたが、俺は無視した。少女はそのまま飛沫を上げて海中に没した。落下により生じた泡が収まっても、俺たち三人は呆然としていた。


「なんだ……、今の。落ちたぞ」


 瑞鳳が弦から頭を出して、青黒い海をのぞき込んでいる。恨めしそうな少女の顔半分が、海上に出て波間に揺れていた。


「どうして受け止めてくれないの……? 感動の再会になると思ったのに」


 少女は近くの船の残骸に乗り上げた。瑞角たちは臨戦の構えを取ったが、俺は座ったまま鳥居を見るともなく見ていた。


「悪いが先を急いでいる。邪魔するなら容赦はしないぞ、エチカ」


 竜王と共に行方をくらましていたようだが、こうした形で再会するのは避けたかった。侵入者と、門番という最悪の出会いをどう処理するか、俺の中でまだ迷いがある。


 水で重くなった髪を払い、エチカは船から船へ移動した。黒いマントの裾からニーソックスがのぞく。見たかぎりでは数年前と外見上の変化はない。俺と同じようになんらかの制約で年を取らないのかもしれない。


  俺もエチカのいる船に飛び移った。


「容赦はしないってどういう意味?」


  エチカは楽しげに俺の顔をのぞき込んでくる。鼻息がかかる程の距離。好機と捉え、喉に突きを入れたが、浅い。


「あたしと結婚するって言ったのに。嘘つき」


  エチカのマントが翻り、ダガーナイフが俺の頬を掠めた。体勢を崩しても、狙いは大きく外れていない。先に仕掛けて正解だった。今の俺は力を温存する必要がある。


「あはっ! おしい! もっかい行くよー」


 両手のダガーだけでなく、左足の靴底にアイススケートのブレードのような刃物が仕込まれている。踊るような足裁きと息つく間もない斬撃で、反撃の機会を与えないつもりだ。


 まあ、俺には無駄だがな。


 エチカが左足を上げた瞬間を狙って、軸の右足を蹴り上げた。骨が砕ける感触がしたが、エチカは倒れない。両手を指ごと握り潰し、髪を掴んで顔を上げさせると、右目に指を突き入れた。ずるりと玉子が抜けるように眼球が飛び出る。一息に神経と血管を引きちぎって甲板に叩きつけた。


「まだやるか? 次はもう片方もらうぞ」


 空っぽの眼かから血の涙を流し、エチカは笑みを浮かべた。


「嬉しい……!! ショータが初めて貰ってくれた」


 これだけ惨い仕打ちをしても、心が折れないとは大した奴だ。悲鳴でもなく怨嗟でもなく、歓喜するとはな。気でも触れているのか。


 瑞角が俺を羽交い締めにしなかったら、勢いあまって殺してしまうところだった。


「多分、今のリリスはショータに会いたくないと思ってる」


 縄で拘束したエチカが、襲撃の理由を明かした。


「神社に籠もったのも、みんなに迷惑をかけないためだった。もっと早くショータが来てくれたら……」


 大きすぎた力は災厄となって、竜王を追いつめた。わかっていたのに、俺にはどうすることもできなかった。それは今でも変わらないかもしれない。果たせない約束が多すぎる。だからせめてアテナだけは救う。


「全ては遅すぎたんだよ。リリスは死に、新しい神になる。あたしは友達がそんな風になるのを見たくない。先、行くね」


 不自然な間を置き、エチカが海中に落ちた音がしたが、俺は見向きもせず船縁に背中を預けた。


 このくらいで動揺したりしない。涼しい顔で手の震えを隠し、船の運行を待った。

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