両儀
「それにしても傑作だよな」
船の甲板では、瑞鳳が腹を抱えて大笑いしている。俺は聞こえないふりをして、洋上の周囲を警戒する。海を割るように進む船の威容は普段なら爽快だろうが、今はろくに目に入らない。
女王蜂が貸してくれたのは大型のクルーザーだった。一部始終を盗み聞きしていた瑞角が運転してみたいと言い出したので、連れてきた。瑞鳳は単なる野次馬の徒である。
「あー、おっかしー。結婚式で花嫁さらわれる間抜けが本当にいるなんてね。そんな奴、映画の中にしかいないと思ったよ」
「おい、やめろよ、瑞鳳。本人の前で。これは、悲劇じゃないか、ぷぷっ……」
瑞角が無闇に舵を切ったせいで、水飛沫が激しく俺の頬にかかった。かっとなって、二人を怒鳴りつける。
「遠足に行くんじゃねえんだぞ! 瑞角、瑞鳳。これは職務の一貫だ。もっと緊張感を持て」
「へーい、へい。わかってますよ」
どれだけ厳しく命令しようと、二人に伝わることはない。彼らには、リヒターがアテナを連れ去ったことを伏せている。二人ともリヒターを深く尊敬している。それを考えれば、連れてくるべきではなかった。
「それにしても悪鬼島ねえ。よりにもよって。ショータは行ったことないんだよね。怖くないの?」
瑞鳳が知っていてわざと嫌な質問をしてくる。二人とも、かつての俺の行動に納得がいかないのだ。
「怖い。地の利は向こうにあるからな。だが、今回は逃げるわけにはいかない」
俺の一見勇敢な答えは、二人の許しを得るどころかより反感を買ったようだ。無理もない。組織よりアテナの方が大事だと言っているようなものだったからだ。
「もし、竜王を退治しちゃったらさ。捕らわれの花嫁を取り返したショータは英雄じゃん。上手くやるよなあ」
俺は悪役でも英雄でもなんでも構わない。アテナを救えれば。そもそもリヒターたちが悪鬼島に渡った理由に思い至らない。今の竜王に交渉の余地があるはずもなく、死にに行くようなものだ。俺の知らないアテナの神官としての役割があって、何かをさせようとしているなら見過ごすわけにはいかない。
「英雄か。それも悪くないな。どうせ俺はここで」
言い終わる前に、瑞鳳が俺の両肩を掴んで押し倒した。歯を食い縛り、顔を殴りつけてくる。もうこいつを振り払う力もないか。情けないことだ。
「正直、僕はあんたがどうなろうが知ったことじゃない。でも閣下は違うよ。いつもあんたを気にかけてた。その信頼をまた足蹴にするなんて許さないからな」
瑞鳳の言うとおりだ。俺は何度もリヒターの信頼を裏切り、傷つけた。これがその報いだとしても、文句は言えないのかもしれない。だとしても、
「そんなもん知るか。あいつのそういう恩着せがましい所が嫌いなんだ。俺の前に立ちはだかるなら、リヒターだろうが、お前だろうが殺すぞ」
口にたまった血を顔にはきかけると、興奮した瑞鳳は刀を抜きにかかる。やはりこいつらを連れてこなければよかった。仲間を手に掛けるのは後でひどく堪える。
「仲間内で死闘は御法度」
船を止めた瑞角が俺たちの頭に海水をぶっかけた。塩辛い水が傷に沁みる。
「僕はショータが振られてしょげるのを見物しに来てるんですよ。瑞鳳もそうだろ」
「あ、ああ……、そうだね」
二人は離れた所で話し合っていたが、思いとどまってくれたらしかった。無言のまま航行が再開される。
「なんでああいう言い方しかできないんですかね」
俺は瑞鳳から離れて運転席に身を寄せていた。瑞角が唇を尖らせている。
「俺も驚いた。瑞鳳もああいう熱い所があるんだな」
「ちげえよ。あんただあんた。他にいないでしょ」
我が身を省みても責められる理由に思い至らない。
「僕は瑞鳳よりあんたと長く一緒にいるからわかるんだ。擁護するわけじゃないけど、あんたわざと嫌われるようなことしてるだろ。わけわかんねえよ。そんなの何の意味があるんです」
女王蜂は俺を仏のようだと言った。人間は両犠牲を秘めている。俺は鬼でもあるし、仏でもある。
「その話は後にしよう。お出迎えだ」
減速する船の行く手には、巨大な鳥居がそびえ立っており、周りには船の残骸がひしめいていた。鳥居の上に人影が見える。
アッシュブロンドのツインテールを風にたなびかせ、俺たちの行く手を遮る刺客が現れた。
「ショータ君、遊びましょ♪」




