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あの桜はまだ燃えているか  作者: 濱野乱
りゅうおうのおしごと
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晴天の霹靂

 

 危急の事態ではあるが、俺は比較的落ち着いていた。いつ羽が生えて俺の前から消えてもおかしくない女だったから、驚きも少ないのかもしれない。


  「心当たりある? もしかして喧嘩した?」


 女王蜂がひそひそと、耳元で話すのがこそばゆい。


  「いや。さっきここに来たが、別に何も」


 あの時、特に変わったところはなかった。結婚式に前のめりだったアテナが、土壇場で心変わりしたとは考えづらい。


  「部下に離宮を探させてるからショウちゃんはここにいてよ。参列者にはあたしから上手く言ってごまかしとく」


 変な気は起こさないでよと、念を押して女王蜂は出ていった。


 漠然と、アテナはお父様の所に帰ったのだと思った。俺を殺すこともできず、添い遂げる覚悟もできず、板挟みになったアテナの向かう先は限られる。


 しばらくして女王蜂が戻ってきた。せっかく整えた髪も乱れ、それを気にする素振りもない。探索の成果が思わしくないと一目でわかる。


  「なあ、神官が信奉する神ってなんだろうな」


  俺がやぶからぼうに訊ねると、女王蜂は壁に手をついた。気が触れたと捉えたのかもしれない。


  「神官というからには神に仕える者なんだろ」


  「ああ、うん。かつてクロヴィスという冒険者がいて、この世界の危機を救ったんだって。神官制度はそのクロヴィスの魂を奉るために生まれたらしい。神官が暮らす土地はクロヴィス終焉の地、エルフガイムという所で、今は荒涼とした砂漠が広がっている。そこは一般人はおろか、冒険者も立ち入り禁止の聖域だ。昔、興味本位で、クマを潜入させたことがあったんだけど、瀕死の状態で戻ってきた。あいつはあまり話したがらないんだけど、あそこは生物が暮らせる環境じゃないって言ってた」


 アテナはそこで生まれたのだろうか。あいつは記憶喪失だからはっきりしたことは不明だが、手がかりはある。


  「そこに大きな木はないか? 前にアテナがそんな話をしていた」


  「天を衝くほど世界樹があるって噂は聞いたことあるよ。エルフガイムはかつて緑豊かな土地だったっていう伝説もあるし」


 大きな木は、枯れてしまいました。おしまい☆


 寄辺のないアテナはその大樹を目指したのだろうか。俺が情けないから、見限って。


  「そういえば、最近クマの姿を見かけないな。元気か」


 話題が飛び飛びになるのは、俺も動揺を感じ始めているせいかもしれない。何か話していないと当てもなく走り出してしまいそうだ。


  「あー、うん、たぶん」


 女王蜂は目を泳がせ、歯切れの悪い答えを返してきた。招待状を出したが、欠席とあったし、今日も姿が見えない。たしか、俺が最後に会ったのは年始の挨拶の時だった。正装していると七五三みたいだと俺のことを笑っていた。滅多に表情を変えない女だったが、笑うと愛嬌があって心を和ませてくれた。


  「仕事で出張か。大変だな、組織が大きくなると」


  「違うんだ。これはまだ大っぴらにできない話なんだけど」


 聞かされた話は晴天の霹靂だった。


 クマこと熊蜂が、組織を抜けたという。両翼のような姉妹の関係が崩れることは組織の危機を意味していた。


  「クマはうちの看板娘だった。あたしは見ての通り、か弱い乙女だからあいつを手放すわけにはいかなかった。でも」


 できなかったと、後悔をにじませた。


  「組織がでかくなるのは素晴らしいことだ。でも比例して責任も重くなる。それをわかって欲しくてつい厳しく当たっちゃってさ。ドロンよ。前から周到に準備していたとしか思えない」


 クマは野外演習中に部下十九名を殺害し、行方をくらませた。にわかに信じがたい話だが、女王蜂は冗談は言っても嘘は言わない奴だ。信じるしかない。


  「演習……!? そういえばランカが山にこもると言っていたが無事か」


  「良く知ってるね。彼女は唯一の生存者だ。運がいいのか悪いのかわからないけど」


 ランカの生存は、暗いトンネルにいるような現状で唯一の光明に思えた。それでも重苦しい時間がどのくらい続いただろう。


 女王蜂が部下の連絡を受け取って口を開くまで、俺は辛抱強く待った。状況は楽観を許さないのだろう。長い沈黙がそれを物語っていた。


  「あ、ごめん……、良いニュースと悪いニュースどっちから聞きたい?」


  「そういう前置きは意味がないぞ。両方まとめて頼む」


  「そりゃそうだ。じゃあ言うね」


 女王蜂は息を吸い込み、追跡結果を口にした。


全てを知った俺は、だらしなく椅子にもたれて天井を仰いだ。この時の感情は、困惑よりもむしろ安堵に近い。反対に女王蜂の眉間に深い皺が刻まれた。


 「冷静だね。予想してたとか?」


 「いや、全く。でもアテナが無事で本当によかった」


 荒々しく胸ぐらを掴まれ、視界が大きく歪んだ。


 「よかった? ……、じゃねえだろ! 他の男にかっさらわれたんだぞ! もっとなんとか言えよ」


 俺が言うべきことは既に言い終えている。アテナは無事だった。ただし、その傍には俺ではない別の男がいた。


 アテナと行動を共にしていたのは、リヒターだった。アテナが無理矢理連行されているわけではなく、拘束もされていないという。


 「こんな昔のメロドラマみたいな展開おかしいだろ! ねえったら」


 二人が隠れて付き合っていたという確証はないが、それならそれで幸せになってくれたらと願わずにはいられない。少なくとも俺よりはリヒターの方が甲斐性がありそうだ。


 「ショウちゃんは本当に仏様みたいだね。誰のことも責めないんだ。いつも悪ぶってるのだって、誰かの代わりに罰を受けるためなんでしょ」


 「買いかぶりすぎだ」


 「嫌みで言ってんだよ! バカ」


 女王蜂が乱暴に突き飛ばすものだから、椅子から落ちてしまった。起きあがるのも面倒で、そのまま絨毯で寝ていると、続報があった。彼らの目指す場所は、愛の巣ではなかったのだ。それに関しては無視できず、勝手に体が動いて、控え室を飛び出していた。


 「あたしの船貸してあげる! ケリ、つけておいで」


 友人の厚意に感謝し、タキシードのまま離宮を後にした。

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