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あの桜はまだ燃えているか  作者: 濱野乱
りゅうおうのおしごと
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マリッジブルー

 

  復興がひと段落すると、結婚式の準備に追われ、日々は慌ただしく過ぎていった。


 披露宴の参加者に振る舞う料理について、アテナと議論を交わしたのが印象に残っている。


 俺は一番安いコース料理を提案したが、アテナは譲らない。大名の結婚式で振る舞われる海鮮のフルコースをご所望だった。どうにも、かつて暮らしていた藤ばあの入れ知恵らしい。藤ばあは由緒ある家の出で、そういった格式が重要だと説いたらしい。あれだけ矍鑠としていた藤ばあも、今では耳も遠くなり、ほとんど寝たきりだそうだ。挨拶に行くと、小さな手でアテナの頬を撫でていた。


 アテナの拘りは予算を度外視している。普段なら俺の方が浪費して叱られるのだが、今回は逆である。


 熱の入りようは男女で差があるのだろうと、最初は深く考えなかった。これまで迷惑をかけた分、強くは言えない。


「アテナとショータ君って、味の好み違うよね」


「別個の人間なんだから当然だろ。全く噛み合わないわけでもないんだから気にするなよ」


「こういう時はどっちが合わせればいいの?」


「俺がアテナに合わせるよ。それでいいだろ」


 この時は、かつてない規模の大喧嘩になった。結婚が決まってから喧嘩は増えたが、いつも理由は判然としない。些細なことがきっかけで、いつでも火がつき、疲れるとどちらかが謝って終戦した。


 今まで妥協していたことが許せなくなることよりも、これからの未来が不安だった。結婚は終点ではなく新しい生活の出発なのだと理解していても、恐れは募る。


「マリッジブルーじゃん、それ。やだ、おっとめー」


 女王蜂に指摘されると、そういうものかと納得しそうになるが、微妙に違う気もする。


 アテナと俺の不安は、同一のものではない。その溝は埋まらないのだ。今なら、アテナが味の好みであれだけ怒ったわけがわかる。たやすく相手に寄り添えるなら、結婚などする必要はない。


 俺たちは赤子のように、怒り、泣き叫び、のたうち回り、そして結婚式当日を迎えた。憎らしいほどの快晴である。季節は冬にさしかかっていたが、風も穏やかで過ごしやすい一日になりそうだった。


 控え室の大窓からは、船を浮かべられそうな池が見下ろせる。池の周りを樹齢を重ねた木々が囲んでいた。足の長い野鳥が水を飲んでいる。


 アテナが忍び足で控え室にやってきた。白いヴェールに、裾長の白いドレスに目が奪われる。髪は既にセットされている。


「緊張してない? お腹痛くなったりしない?」


「なんの心配してるんだ。あんまり動き回るなよ」


「せっかく見に来てあげたのに。後で慌てても知らないんだから」


「アテナ」


 扉に手をかけたアテナの背中に声をかける。


「きれいだよ。それから……」


 今日まで俺を殺さないでくれてありがとう。あの手紙はお父様からだったんだな。ずっと前から気づいてたよ。俺を殺すように言われてたんだろ。遮那王を取り戻せとしつこく催促されていた。仏心が働いたのか、俺を愛していたか、どっちでもいいが、ずっと耐えていたんだね。ありがとう。でももういいから。今日でお前は自由になれる。さあ、俺を殺してくれ。さあ!


 アテナはとっくに控え室を出ていた。俺は傍らに置いていた童子切り安綱を手元に引き寄せる。鬼も人間もたくさん葬った刀だ。最期はこいつに頼るのが筋かもしれない。


 この晴れの日に、ふさわしい行動でないのはわかっている。それでも、アテナを苦しめた自分がいよいよ許せなくなる。一緒に背負うと言ってくれたのに、俺はアテナと向き合う勇気が失せていた。


 どれくらい時間が経ったのか、自決もできず鏡の前で刀の柄を噛んでいると、静かに扉を叩く音がした。


「ちょっといいかな」


 女王蜂は俺を見るなり、大股で走ってきて刀を取り上げた。


「なにしてんだい! マリッジブルーだからって変な気起こすんじゃないよ」


 これが世間一般で言うマリッジブルーなら、一体何人の新郎が命を落としているんだろう。自虐的な笑みが腹の底からこみ上げてきて、自決は思いとどまった。


 冷静になって女王蜂を眺めると、普段と違う装いが眩しい。細身のドレスに、眼鏡はしていない。きちんとした格好をしていれば見違える好例だ。


 そして、淑女然とした彼女の口からのっぴきならない事実を聞かされる。


「アテナちゃんがいなくなった」


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