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あの桜はまだ燃えているか  作者: 濱野乱
りゅうおうのおしごと
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天災

 

 俺とアテナの結婚式は、二ヶ月後に執り行われることになった。


 俺の人間関係は国内でほぼ完結するが、アテナは違う。縁者に知らせてはどうかと勧めてみると、寂しい事情を打ち明けてきた。


「ううん、お父様は忙しいし、他の神官ともそれほど仲がいいわけじゃないから」


 俺はアテナ以外の神官と面識はなく、お父様とやらに会ったことがない。神官の結婚に関する規定も知らないまま、既成事実で乗り切ろうとしている。アテナはああ言ったが、できればお父様に会って結婚の許しを得たい。筋を通さないと、後ろめたい気持ちを抱えて式を迎えることになりそうだ。


「お父様? 聞いたことないなあ」


 式の打ち合わせの最中、女王蜂にそれとなく聞いてみたが、情報通の彼女ですら知らないことがあるらしい。


「なんかラスボスっぽいねえ、そいつ。興味沸いた。ちょっとマジに探してみる」


 アテナが選んだ式場は見事な庭園付きの離宮だ。一般人は立ち入りすら許されないが、リヒターの口利きで使用の許可が下りた。


 ここに至るまでにすったもんだがあった。当初は女王蜂が提案した神社で行う予定だったが、割り込むようにリヒターがこの離宮の話を持ってきた。


「はっちゃんさん、僕はショータの上司ですよ。既に国に話を通してるんだ。部外者の貴女の出る幕はないということです」


 リヒターが権限をちらつかせると、女王蜂も負けじとやりかえす。


「それパワハラに聞こえるよ。プライベートに仕事を持ち込むのはどうかと思うけど。あたしはショウちゃんの友人として相談に乗ってるのに」


 国を二分するギルドの代表が顔を合わせれば、それこそ戦争になりかねない。あの時はひどく気をもんだ。


 最終的に、アテナがこの離宮を気に入ったので、女王蜂には折れてもらうしかなかった。


「悪かったな。神社に決まりかけてたのに」


「気にしないでいいよ。料理はうちのを使ってくれるんだし」


 女王蜂は飲食店の経営もしている。場所はリヒターに譲り、出席者の料理の提供とドレスの手配は女王蜂に任せることになった。敵対組織の共同作業がこんな形で成立するとは思わなかった。


「それにしてもよく君のボスは許してくれたね。あいつあたしのこと大嫌いでしょ」


「そうなのか? 初耳だ」


 二人の黎明期を聞こうとしたら、ウェディングドレス姿のアテナが走ってきた。係員にスカートを持ってもらいながら爆走している。他人の振りをしたくなるほど恥ずかしい。


「ねえ! これとさっきのどっちがいい?」


アテナが息を切らせながらかがむと、汗ばんだ胸が光った。俺は一瞥してから、浮ついた態度を諫める。


「子供じゃないんだから、落ち着け。ドレス、今の方が似合ってる」


「そうかな……、他のも着てみるね」


 アテナのドレス選びは半日かかった。問題は予算である。このままでは当初の予想の三倍はかかる。来客の引き出物もあるし、頭が痛かった。普段迷惑をかけているアテナには純粋に式を楽しんで欲しい。そんな事情をおくびにも出さず、俺とリヒター、女王蜂はできる限りの経費を削減し、式に備える。ここまではよかったのだが、結婚式を間近に控えたある日、予期せぬ天災に見舞われた。


 俺の日頃の行いが悪かったせいか、リョクメイ国を季節はずれの台風が襲ったのだ。低地では家屋の浸水、山は土砂崩れ、海岸線では船舶が甚大な被害を受けた。後の試算で二百人以上の人命が失われていたことがわかった。


 俺の暮らす地域は浸水こそ免れたものの、近所では屋根の壊れた家もあり、無傷では済まなかった。うちは雨戸が外れた程度で大した被害を受けなかったが、皆が大変な時期に式は挙げられない。アテナと相談の上、式は延期になった。


 千本桜は治安の悪化を警戒し見回りを強化した他、町民のための炊き出しを行った。物資は女王蜂が供給している。表向きは幕府主導の復興事業であるが、発起人はリヒターだという。


 家を失った人々がそこらにあふれおり、荷車に家財道具を積めて歩いていく。女王蜂が休業中の織物工場を解放し、そこを避難所とした。


 避難所側でアテナは女衆と共に鍋と握り飯を振る舞っている。俺は罹災した家の片づけを手伝った後、炊き出しの列を見張ることにした。放置しておくと何度も並ぶ奴が出てくるので目が離せない。


 リヒターが町の顔役と話しながら歩いている。話が終わると、懐手をして俺の所に来た。


「やあ、大変だったねえ。そっちはどう」


「雨戸が壊れたくらいだ。立之進の家は無事か」


 リヒターの住む家は浸水して、別宅に移ったらしい。互いの近況を話すだけで、時間が潰れる。話の最中、リヒターの顔色が思わしくないので心配になった。目には隈もある。


「おい、疲れてるなら無理することないぞ。ここは俺たちだけで十分だ」


「俺たちだけで……、ね」


 皮肉っぽい言い回しに、違和感を覚えた。まるで別人のようなのだ。


「今になって思うんだ。初めからこうしておけば良かったって」


 リヒターの目線の先には、懸命に椀をよそうアテナの姿がある。奉仕の心を持ち、大衆のために働く真っ当な組織の形を思い描いているのだろう。


「今からでも遅くない。俺たちなら上手くやっていけるさ」


「そうだといいなあ。僕には自信がもてないけどね」


 この頃のリヒターはやや情緒不安定で、カトーの所で診察を受けていたようだと後で瑞角に聞いた。仲間たちの墓参りに足しげく通う姿も目撃されている。彼がその胸の内を明かすことはついぞなかった。


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