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あの桜はまだ燃えているか  作者: 濱野乱
あの桜はまだ燃えているか 承前
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ディドルート(後編)



本来なら、気軽に散歩に出かけるような間柄ではない。


ショータとディドルートが初めて出会ったのは、戦場だった。第二次ハテナイ戦役と呼ばれたその戦争で、ニーベルンデンは大部隊を送り、ハテナイを本格的に侵略しようとしていた。ハテナイは当時、城主の出現により混乱期にあり、ショータはハテナイに請われて防衛戦に参加している。


互いに敵として相まみえたが、二人は遠くからその姿を認めたに過ぎない。


視線が交錯しても、戦意は生まれなかった。


ショータは無益な殺生を好まず、できるだけ敵を追い散らすだけに止めていた。徒な犠牲は禍根を残すことにもなり望ましくない。


ディドルートの後ろ姿は劣勢となり撤退するニーベルンデンの殿軍にあった。その時は一部族の総領に過ぎない彼だったが、ショータの記憶に強烈な印象を残していた。


もちろんディドルートが将軍になることも、一緒に散歩に出かける仲になることも想像すらしなかった。時代の流れを感じてショータは苦笑いを浮かべる。


ゲストハウスの前面には、湖が広がっている。冬は氷が張り、そこでスケートを楽しむのだとディドールートに聞いた。森閑とした自然の中に身を置き、深呼吸すると生まれ変わったような気持ちになった。


「助かります。女王の許可がないと外に出られませんから」


ディドルートは煙のように壁をすり抜けて外に現れた。


「あれで心配性なのだ。いつもショータのことを気にかけている」


強がっていても、女王は冒険者の脅威に敏感だ。ハテナイ戦役での大きな敗因は、ハテナイ王妃により結成された冒険者連盟だった。今回の有事において、冒険者の相手は冒険者にさせるつもりに違いない。


「防衛力として期待もらって恐縮ですけど、もし僕が手を貸さなくなったらどうなるんでしょうね。女王はその点どう考えてるんだろう」


気まぐれに見せかけて、かまをかける。ショータは教団に遺恨があるため逃げる選択肢は考えていなかった。


ショータがその気になれば、ニーベルンデンから逃亡するのはたやすい。エチカを連れていても、あまり難易度は変わらないため、足枷はあってないようなものだ。今の質問はニーベルンデンにとってショータの価値は、どれほどか試したのである。


「ショータは必ず戦力になる。神官との約束があるから。と、妹から聞いている」


ショータはエチカを亡命させる際、ある条件を呑んだ。


「アテナが行くまでそこで待ってて。約束だゾ☆」


女王に亡命を認めさせた張本人、アテナはニーベルンデンに侵攻中だ。アテナの考えは読めないが、現状まで折り込み済みなのではないかとショータは思っている。だとしたら、戦争こそが、アテナの望む真の目的だったのだろうか。しかし、女王にショータしか知らないはずの情報が伝わっているのは不可解だ。


「確かに僕は退くつもりがない。でも、国同士の衝突に巻き込まれるのは本意ではありません。それにグラナダがエチカを奪うためだけに軍を動かしているのが気になります。何か心当たりはありませんか?」


エチカの持っていたデータは確かに重要だが、既に流出してしまっている。そこまでの価値があるとは思えない。


グラナダのニーベルンデン憎悪は今に始まったことではないし、ディドルートにも思い当たる節はないようだ。


教団の総長、カトーなら教皇の権力を利用して軍隊を動かすことはいつでも可能だった。


教団の狙いがエチカ個人に対する報復にしてはやりすぎに思える。策士アテナが関わっているにしては杜撰な展開に映るが、彼女が戦争を望んでいるとしか思えない状況である。


「ショータは、色々考え過ぎだな」


年長者が物腰やわらかく心配している風だった。ショータにはその態度が気に障る。


「僕のせいで、大国が戦争を始めるかもしれないんです。もっと関与させてもらってもいいじゃないですか」


遊びに入れてもらえない子供が、駄々をこねているように見えた。ショータはそんな自分を恥じて歯がみする。


「一人で責任を抱え込むことはない。グラナダがちょっかいをかけてくるのは昔からだ。庭に入ったら追い出せばいい」


矢面に立つはずの将軍が一番楽観的なのはどうしたことだろう。ディドルートが縁故以外の実力を持っているのか疑わしくなる時が多々ある。


「俺の妹も考えすぎだ。心配になる」


ニーベルンデンの格差を将軍は嘆く。甘い汁を吸っている王権に対する不平不満が国内でくすぶっているのだ。女王の弾圧は昨日の歌からも想像できた。


「本来なら俺が王になるはずだったが、あいつに先を越された。俺がやるはずだった粛清も、全てあいつが担った」


肩身が狭いとぼやいている。掟として、王権についた部族の長子以外の子息は処刑されることになっている。チェスカルーヤはその掟を破り、ディドルートを生かした。ディドルートは針のむしろに座っているようなものだ。肉親の情から生かしたのか、ディドルートの能力に期待してのことなのか、ショータは聞いていない。


「ディドルートさんにはディドルートさんにしか出来ないことがあるんじゃないですか?」


「戦か」


厭わしそうに背を丸めても、ディドルートの巨体はさして縮まらなかった。


「僕と同じですね」


「それは違うな」


即答されたショータは立つ瀬がない。戦争屋という点では違いはないのだが、動機が私怨と国家の命運という点で大きな違いがある。


「ショータにも戦以外の居場所がきっとある。俺にはそれがない。羨ましいよ」


ディドルートの肩に小鳥が止まっている。争いを好まないこの気性が、この国で生かされるのをショータは願ってやまない。


先に不審な物音に気づいたのは、ディドルートだった。長い首をぐるりと建物の方向に傾けた。


一拍置いて、ガラスが割れる音がショータにも聞こえた。


「俺に手伝うことはあるか」


「ご心配なく。エチカが暴れてるだけだと思います」


ショータの姿が見えないので、精神が不安定になっているのだろう。ディドルートと別れて館に戻った。

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