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あの桜はまだ燃えているか  作者: 濱野乱
りゅうおうのおしごと
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青臭い野郎

 

首都から出て線路沿いを十キロほど歩いた。瑞角が追っていたのは、線路付近に出没する鬼だと思われる。線路の保守点検はリョクメイ国の仕事だが、鬼が出れば千本桜が出動しなくてはならない。


一週間ほど前から、線路に石や木材などの障害物が置かれる事例が多発した。仮に小さい石でも大事故に繋がりかねない。目撃証言によると、けむくじゃらの猿のような生物が石を置いて去ったという。その際、置いたろかという言葉を喋ったそうだ。


この三年、かなりの数の鬼を斬ったが、類似の例に思い至らない。大抵の鬼は人間を見れば見境なく襲う。今回のような回りくどい真似をする動機も不明だ。


町から少し離れれば、手つかずの自然がどこまでも広がっている。深い闇をたたえた森林の奥には鬼だけでなく、未知の生物が暮らしていても不思議ではない。


「……、置いたろか」


耳に生温かい息が吹きかかる。首だけで振り返っても誰もいない。町の灯もだいぶ遠のいてしまい、まるで暗渠にいるような不安がかすかによぎる。


顔を正面に戻すと、小さい人影のようなものが五メートル先の線路上に立っていた。手に当たる部分には刀のようなものを握っている。大きさは大人と子供の中間くらいだ。


「探す手間が省けて助かった。瑞角はどこだ? お前からは瑞角の臭いがする。答えなくても体に訊くがな」


桜下絶唱を使えば、付近の自然まで破壊してしまう。ここは近接戦で片付ける方が望ましい。太刀、童子切り安綱を掴もうとした手が空を切る。昨日、瑞角に渡したのを忘れていた。若干心許ないが、素手でも十分渡り合う自信がある。


何気ない体勢のまま近づき、相手の左側頭部に鞭のような蹴りをお見舞いした。林にまで届く鈍い音は、衝撃の強さを物語る。よろめいた隙に何度も拳を叩き込んだが、それでも倒れない。


鬼は刀のようなものをめちゃくちゃに振り回したが、その時にはもう俺は間合いの外にいた。


「硬いな……」


殺す気で殴ったが、倒すに至らず俺の拳の方が裂けてしまった。思ったより骨が折れそうだ。


汗を拭って体勢を立て直していると、鬼の後方の線路脇に倒れている瑞角を発見した。丁度月の光が辺りを洗ったので、鬼の全容も露わになった。


全身けむくじゃらのタワシような生物だ。それだけなら驚かなかっただろうが、鬼の白い袖に包まれた右腕が目を引いた。そこだけ誰かから移植したように、バランスが取れず垂れ下がっている。それだけならまだしも、見覚えのある刀の鍔細工が鬼の手で翻り、俺の神経を逆撫でした。


「その刀……、瑞角の腕か!」


危うく逆上して桜下絶唱を使う所だった。落ち着け。まだ瑞角は死んでいない。こんなこと今まで何度もあったじゃないか。生きたまま脳味噌を吸われた奴も、内蔵を引きずり出された奴も見てきた。腕を植物にされた奴だって……


「置いたろうか!」


熟考している余裕はもうなかった。突如弾丸のような勢いで、鬼が接近してきた。別のことに気を取られていた俺は肩めがけて体当たりをくらい、線路に叩きつけられた。


こいつとリヒターは関係ない。だが、俺の罪悪感を揺さぶる手法は評価に値する。味方だったら頼もしかったろうが、敵なら殺す以外の選択肢はない。


賞賛と憎悪を交互に練りながら、俺は立ち上がる。が、腕が肩の高さまで上がらない。脱臼や骨折の類ではない。どちからかというと、風邪の時のようなだるさを伴っている。


「ぶっ……!?」


異変に戸惑っていると、顔を殴りつけられた。無様だな、俺としたことが。酒でだいぶ体がなまっている。面倒だから桜下絶唱を使うか。弱っている瑞角は多分死ぬだろうが、仕方ないよな。お前にとって、俺は一番じゃないんだろ。リヒターの方が大事なんだろ。俺は一番じゃなきゃ嫌なんだ。一番以外欲しくないんだよ。


「おい、何やってんだ……、あんた」


視界の隅で、瑞角が声を振り絞っている。


「もうやめたんだろ!? 僕や瑞鳳や、閣下も裏切って、どっか行くって言ってたじゃないか! ここはあんたの来るところじゃないんだ。失せろよ、失せろ!」


早口でまくし立てる瑞角の方が、逆に追いつめられているようだった。俺は重くなった腕をぶら下げて鬼を見据える。あえて避けずに殴打を食らう。腕の重みはさらに増し、立っていられなくなった。重石を乗せられているような加重が加わる。それだけでなく、鬼に左腕がついている。右より少し短いのは癪だが、あれは俺の腕だろう。


単に動きを封じるだけでなく、石を置いた部位を奪う。さしずめ陣地を囲む囲碁だな。土地を縛られたら、何が起こるか見当もつかない。やはりこの鬼を野放しにはできない。ここで始末する。


匙を投げた瑞角が、大げさに突っ伏した。


「言わんこっちゃない。もう、終わりだ。さっさと僕ごと殺したらどうです」


「馬鹿言うな。こんな所で死ぬのは許さん。それに石は置かせてやったんだ」


鬼が身をよじるように暴れているが、その場から動こうとしない。奪った俺の腕が空間にはりつけにされたように停止していた。


俺の根源にあるのは、純血、永遠、否定。遮那王の無量の光を体内に宿すにはそれらの要素が必要だったのだ。逆に鬼を含めたあらゆる生物に不変のものはない。俺の腕を奪った時点で、あの鬼の腕の時間と体の時間にズレが生じたのだ。


「俺の時間は初めから死んでいるんだよ。奪うほどのものはなかったのさ」


鬼は俺の腕がお荷物だとわかると、ぶちっと引きちぎり、線路に叩きつけた。同時に失った腕の感覚が、じわりと戻ってきた。


やぶれかぶれで突進してきた鬼の頭をそっと掴む。一つの命を包むように、両の手を組み合わせた。


「怖いか? これからお前が行き着く先は、俺の腕よりは温かい場所だ。おやすみ」


俺にできるのは輪廻の輪に戻してやることだけだ。鬼の体は手のひらに収まる小さな小石に変化した。後は寺の供養塔で祀ればいい。


「全く手間をかけさせやがって。おい、帰るぞ。瑞角」


悪態をついて歩み寄ったが、瑞角に反応がない。腕は戻っているし、その他外傷も見られない。意地になって無視を決め込む気だな。それなら考えがある。


「あー、酒飲み過ぎて小便したくなってきたなあ」


チャックを下ろそうとすると、瑞角は顔を上げて卑屈な笑みを浮かべた。


「……、満足か? 満足かって訊いてるんですよ。あんたはいつもそうだな。美味しい所ばっかりかっさらう。尻拭いは僕や閣下がするんだ。うんざりする」


瑞角の憤懣も理解できるが、俺がいなければ確実に命を落としていた。口論する気力がなかった俺は、恩着せがましいことを言うのは避け、憎まれ口で誤魔化す。


「文句があるならもっと強くなれ。お前の剣はアル中以下だ」


差し出した俺の手を無視し、瑞角は駅の方角に歩きだした。後をついていく。


「あんた、なんで千本桜に入ったんだよ」


屋根付きの駅舎で迎えを待つ間、瑞角が口を開いた。沸かした茶を飲んで、高ぶった神経が少し和らいだらしい。


「ツケで呑めるからだ」


「真面目に答えろよ。閣下が好きだからだろ?」


こいつの望む答えを、俺もリヒターも持ち合わせていない。それでも体裁は大事なので俺が悪役を引き受ける。


「そうだな、あいつは俺がいくら金を使い込もうが文句を言わない。その点では良い奴だよ」


膝の上にある瑞角の手に力がこもる。暴発しそうな怒りを必死に押さえ込もうとしているのが伝わる。


「嘘つくな。それならずっと甘い汁を吸ってればいい。出ていく理由がないじゃないですか。あんた本当は……」


青臭い野郎と会話をすると疲れる。俺は乱暴な手つきで駅舎の戸を払いのけ、外に出た。あのまま話を聞いてたら、瑞角をぶん殴っていたかもしれない。


外に出た途端、胸に熱いものがこみ上げ、せき込んだ。空咳がしつこく続き、口の中に錆臭い味が広がった。袖で口元を拭うと、黒い血の塊がこびりついた。


明日は医者だな。

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