イマジン
雨の上がった翌日、俺はまず蜂須賀金融に出向いた。俺が初めて女王蜂や熊蜂と会った場所だ。店は既に引き払われており、店子募集の張り紙がしてある。ここに来ても誰もいなのは知っていたが、見納めに立ち寄ったのだ。
俺と同じ目的とは限らないが、一人の少女が感慨深そうに建物の前に立っていた。気づかれると面倒なので、回れ右して立ち去ることにする。
「あっ! 待って下さい」
時既に遅し。少女に回り込まれて、行く手を遮られてしまった。
「やっぱりショータさんだ! お久しぶりです。いやー、お噂はかねがね」
やかましい声で追従しながら、少女は再会を喜ぶ。面識はあるが、話したのは一、二回程度だ。なのにやけになれなれしい。確か蜂須賀金融のメンバーで、ランカと言ったか。背は俺より少しだけ高くて、愛嬌のある丸顔が特徴だ。
「ちょっとやせた? ちゃんと食べてます?」
矢継ぎ早に質問され、答える暇もない。根ほり葉ほり訊かれると警戒心も湧いてくる。顔を近づけてくるランカをおしのけ、端的に目的だけを伝える。
「挨拶回りをしようと思ってな。俺は近々リョクメイ国を離れる」
ランカの反応は意外なものだった。悲しげに瞳を伏せ、声のトーンも落ちる。
「あっ……、そうでしたか。寂しくなりますね。それで私に挨拶に来てくれたんですね」
「違う」
「お気持ちは嬉しいんですけど、私、彼氏いるんで。ごめんなさいッ!」
往来に響きわたる声で、恥(?)をかかされた。勝手に振られて胸が痛むはずもないが、人の目が気になる。
「うるさい。少し黙れ」
「むぅ。クールですね。からかいがいがないです」
続けてのろけ話を聞かされそうになったので、話題を切り替える。
「時間はいいのか? 遠出するみたいだが」
ランカは荷物で膨れたリュックを背負っている。指摘すると、窮屈そうな顔を作った。
「これから合宿なんすよ。二週間も山ごもり。でも幹部になるために頑張らないと」
この娘、単なる下っ端で終わるつもりはないのか野心家の面を覗かせた。幹部になると待遇も変わるだろうから必死なのも頷ける。
「そうか。頑張れよ」
俺が投げやりに応援すると、ランカは屈託のない笑みを浮かべた。
「ショータさんもお元気で。またどこかで会えるといいですね」
ランカと別れた俺は、雑踏に紛れて歩きだした。気温も低くなり、冬の気配を感じる。道行く人も、厚着が目立つ。人の波に埋もれながらも、俺の目は標的を見逃さない。
獣の毛皮を着た人物の背後にぴったりついた。しばらく後をつけると、相手が急に角を曲がった。
追いかけた先にある狭い路地の奥では、垢の浮いた顔をした男たちが下を向いてうずくまっている。湿気を含んだ地面には桶が転がっており、建物壁際にはござが立てかけてあった。
おもむろにござをめくると、獣の毛皮を着た女がヤモリのように壁に張り付いていた。瓶底眼鏡に付け髭までつけて変装している。ちょっと見ただけでは女とはわからない。
「なんだ、ショウちゃんか。刺客かと思ったよ」
周囲を念入りに確認してから、女王蜂がござの陰から出てきた。発展の功労者が、今ではお尋ね者。俺は本来追う立場だが、複雑な気分だ。
「往来で声をかけるのもまずいだろ」
「店の方に来てくれればいいのに。って、だいたい閉店してるか。今日はどうしたの? 君から声をかけてくるなんて珍しい」
港で会った時のように偶然(?)出会うことはあるが、基本的に他人の振りを通してきた。女王蜂の正体を知る者は少ないし、表向き俺は彼女を捕らえる側だ。極力関わらない方がお互いにとって都合が良かった。
「近々リョクメイ国を離れる。あんたに挨拶がしたくてな」
女王蜂に相談したことはなかったが、俺の迷いは筒抜けだったようだ。それほどの驚きもなく受け止められた。
「そっか。あたしもゆっくり身の振り方を考えることにしたよ。ここでやれることはもうないしね」
聞くところによると、ギルドごと国外退去を命じられたらしい。
女王蜂は国の発展に尽力したが、最終的に手のひらを返される結果となって終わったのだ。それでも彼女は清々しい顔で、新しい世界を見据えている。
「最近意気投合した飲み仲間がいてさ。後で聞いたら、とある国の王族らしいんだ。歓迎するから国に遊び来いっていうから休暇がてら行ってみる」
女王蜂は大風呂敷を広げるだけでなく、人脈作りも余念がない。その国でも辣腕を振るうのが容易に想像できた。
「ショウちゃんも一緒に来ない?」
こういった誘いは何度も受けているが、今回も俺は首を横に振った。次の目的地は決まっていないし、魅力的な誘いではあったが、果たすべき責任は残っている。
「申し出はありがたいが、アテナと一緒に世界を見て回るとするよ」
暢気な旅になればこしたことはないが、アテナの記憶を巡る旅はどんな危険が潜んでいるかわからない。俺はあいつの命を守る責任があるので、今から戦々恐々としている。
「あの神官にぞっこんだね。妬けちゃうなー」
「あいつは関係ない。俺が決めたことだ」
「そうだよ、君は君。あたしはあたしだ。でもビジネスには想像力が不可欠だと思わないかい。相手のニーズを知らないと土俵にも立てないからね。たとえばそう、あたしがクマの立場だったらどうするか想像したことがあるんだよ」
妹のクマは腕っ節が強そうだが、要領が良い方ではなく統率には向かない。今でも町で会うと頭を撫でてきて、飴をくれる。掴み所のない不思議な雰囲気は相変わらずだ。
「あたしはこっちに来るまであいつに勝ったことがなかった。勉強もスポーツも恋も仕事も、いつもあいつはあたしの二歩も三歩も先を歩いていた」
飄々としていた女王蜂が、いつになく感情を露わにする。それだけで妹に対する執着が伝わってきた。
「あいつが仕事をやめて、あたしの家に転がりこんできた時は傑作だったね。『お姉ちゃーん、助けて』って泣きついてきてさ。さぞ屈辱だったろうな。あたしならあんな生き恥は晒したくない。哀れすぎてその時、決めたのさ。こいつを奴隷にして一生飼い殺してやろうって。これが優しい女王蜂の誕生秘話ってわけ。いやぁ、想像力って大事だよね」
こいつが本当に優しいかはさておき、クマはそれほど女王蜂を恨んでいないように思える。
もし、二人の資質が同質のものだったら、ここまで組織が大きくなることはなかっただろう。相手を理解していたからこそ、欠点を補えた。歪だからこそ成り立つ関係といった所か。だが、どちらかが欠けても危ういといえる。
「俺には肉親がいないからよくわからないな」
「想像力のない振りはよしなよ。リリスちゃんは君を待っている。逃げ続けるのは格好悪いぜ」
今更どんな顔をして会えばいいんだ。俺はあいつを信じられなかった。それは今も変わらない。
なけなしの想像力を振り絞っても、何故竜王が俺を殺しに来ないかわからない。




