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あの桜はまだ燃えているか  作者: 濱野乱
りゅうおうのおしごと
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滅びの歌


トウキという町は、人も物も盛んに行き交う貿易の玄関口だ。扇形の出島に他国の商館が立ち並び、元の世界でも目にしたことのない珍しい舶来の品が店先に並ぶ。人でごった返す町を足早に駆け、船着き場へと向かう。


冒険者が船舶業者ともめ事を起こしているという通報が入り、俺と瑞角が出向くことになった。人が多い分トラブルも多い。千本桜の仕事は鬼狩りに留まらず、冒険者の喧嘩の仲裁、詐欺や殺人の捜査、挙げればキリがない。その代わり、司法と捜査権という権力を掌中にしたのは大きかった。


入る前は知らなかったが、証拠品と称して強引に冒険者から貴重品を巻き上げたり、不当逮捕に近いことも行っていたようだ。きれいごとだけで組織を運営できるとは思っていなかったが、想像以上にグレーな集団だった。そのため、俺たちは他の冒険者に非常に嫌われている。今日も例外ではなかった。


「おや、そのいかした制服、もしかして千本桜?」


木造の船が並ぶ港の一角にたどり着くと、ドレッドヘアーにベスト姿の男がいた。彼の腕の中では、通報の主である船の船員らしき男がぐったりしている。気を失っているようだが、命に別状はなさそうだ。


「自己紹介はいらないようだな。話は俺が聞こう。まずはその人を離せ」


俺が命令すると、あちゃーと、瑞角が頭を抱える。案の定というか、男が人質を解放する気配はなかった。それどころか、自分の正当性を訴え始めた。


「俺はね、船で悪鬼島に渡りたいだけなんすよ。それなのに、この人は是が非でも船を出さないっていうから往生しちゃって」


悪鬼島というのは、八重頭神社のある小島の名前だ。今現在、無許可の渡航は禁止されている。


「許可証は持っていないのか。それなら」


「仕事はきちんとしないと駄目だよねえ。俺は言ったんだ。それなら別の船を頼むから、料金を俺にペイしてくれってさあ」


話が噛み合わない。かなり好意的に解釈して、仕事を断ったキャンセル料をよこせといった所か。こんなチンピラが本気で竜王に挑むわけがないから、はじめから強請り目的だと考えた方がいいだろう。


「時間の無駄ですよ、ショータ」


痺れを切らした瑞角が、刀に手をかけた。


「こういう手合いは口で言ってもわからない。僕にやらせて下さい」


荒事は体力の余ってる者の仕事だ。丸投げしても胸は痛まない。


「さっさと帰って寝たい。五分で片づけろ」


相手は見たところ丸腰のようだ。針金みたいに細い体だし、あれで人質を捕らえているのは不思議だが、瑞角なら上手くやる。うん、多分。


「サシで喧嘩もできねえか。おいこら、どうなんだよ」


瑞角は俺と違い、規律を破った者に苛烈に当たる。功名心からの行動ではなく、責任感が強過ぎるのだ。端から見ると、少々危なっかしいと思うことがある。


「小心者でねえ。それに数を頼みにしてるおたくらに言われたくないな。ま、いいよ。この男は解放しよう」


敵は少し身を屈めてから、人質を掴んでいた手をぱっと離す。瑞角の間合いのギリギリ外だったのが災いした。攻撃に移るか人質を確保するか迷いが出る。俺なら両方可能だが、瑞角には無理だろう。


一瞬後には、敵は瑞角の首を捕らえていた。


「ははっ! つーかまーえた」


結果的に瑞角は劣性に陥っているわけだが、解せないことがある。敵と瑞角との距離は三メートル程あった。それなのに敵の位置は、太陽の角度から照らしても全く動いていない。代わりに人質は瑞角のいた位置に倒れている。


「なんかやってくるだろうとは思ってたさ。それで僕を捕まえたつもりか!」


刀が使えない状態でも、瑞角は冒険者だ。特別な能力は当然持っている。二銭銅貨を指ではじき、宙に投げた。中空には、スキルで作られた青い管狐が待機しており、銅貨を口でキャッチした。二次元的に描かれた狐の体が膨張し、質感を得る。目を血走らせ、瑞角たちの頭上に垂直に突進してきた。


「相打ち狙いか。やだねえ、エレガントじゃない」


逃げる素振りを見せた男の腕を逆に瑞角が掴む。


「誰がお前なんかと。よく見ろよ」


落下の最中、狐の体は網の目のように荒くなり、バラバラに崩れたかに見えたがそうではない。原型を完全に失った時には、空に投網が広がっていた。狐に食わせた貨幣の種類で 効果が変わる。これで敵が捕らえられればと俺も期待したが、投網は二人を包む寸前で消えてしまった。決め手を放ったと確信していた瑞角は、能力の不発に絶句している。


「あはは、勝った! って思った? 残念でした。ほーら、魚を食え! DHAが豊富だぞ」


敵は高笑いしながら、手に持った新鮮な青魚を瑞角の頬に押し当てている。それにしても何処から魚を取り出したのだろう。


敵の能力を見誤った瑞角の負けだ。だが、おかげで能力の正体は掴めつつある。後は狐がどこにいったか判明すれば解決するだろう。


「魚、旨そうだな」


さっき止められたのに酒が呑みたくなってきた。しかも丁度良いところに酒の肴がある。


「むっ!」


敵の目が久方ぶりに俺に向く。視線は俺の手に握られた焼き魚が注がれている。少し焦げ目がついていて香ばしい。


「拝借して悪いな。代金を払おうか? まあお前の占有物ってわけでもないだろが」


男の顔から笑顔が消え、警戒の色が濃くなる。手に持っていた魚が突然消えたらまあそうなるか。


「さっきから小さいのがいると思ってたが、おたくただもんじゃないね」


「名乗るほどのもんじゃない。ただの酒呑みだ」


塩味の効いた魚を頬張る。鯖に似た味が口いっぱいに広がった。


「何やってるんですか! 呑気に魚なんか食ってる場合じゃないでしょう」


瑞角がやかましく吠えた。助けてもらえなかったのが不服と見える。助けようと思えばできたが、新鮮な魚に目がくらんだ。許せと内心で詫びる。


「位置変換だな、お前の力は」


看破されても、男の表情は変わらない。俺も得意な顔をせず淡々と続ける。


「人や物を動かすには相当な修練がいる。恐らく護符で制約をかけて能力を底上げしているのだろう。内約は、そうだな、お前より高い位置にあるものにしか効果がない」


瑞角が間合いに踏み込もうとした時、男は不自然に姿勢を下げていた。投網も上から下への攻撃だ。高い場所にあったものは低い位置に移動する。人質は地面に寝ていたし、狐は海中へ没して魚が陸に上がった。つまり上にあったものを下に、下にあったものを上へと変換する力ということだ。


「その通り。確かに俺の力はおたくみたいなお子ちゃまには手が出しづらいねえ。でもさ、何も対策しないと思ってるなら甘いんだよね!」


俺の背後で倒れていた船員がゆっくりと起きあがる。そして瓢箪に触れようとしていた俺の両手を後ろに強く引っ張った。何をされたか把握する前に、瓢箪から酒がこぼれて地面に黒い染みを作る。


「あ、あ……、酒が」


絶望するような声を糸引かせたのは、無論俺ではない。無様に敵の手に落ちた瑞角だ。俺の両腕は磁石で固められたように動かない。何かの能力だが、そんなことはどうでもいい。


「やりましたよ、アノンさん! これでこいつの腕は使い物になりません」


「よーし! よくやった。これが本当のチームプレイって奴だよね」


船員だと思っていた男は、アノンと呼ばれた敵の仲間だったのだ。用意周到。千本桜に恨みでもあるのか。そんなことより、


「両手が塞がってたら酒が呑めないだろうが!」


激昂した俺は、背後にいた男に回し蹴りを食らわせた。男は十メートル近く吹き飛び、船の舷にぶつかって海中に没した。力加減を間違えたかもしれん。運が良ければ生きているだろう。両腕の拘束は少し力を込めたら、石膏のようにポロポロはがれた。


「お、落ち着いて下さい、ショータ。酒なら僕が買ってきますから」


瑞角が何かわめているが、耳に入らない。瓢箪を拾い上げ吸い口をくわえたが、中身はほとんど残っていなかった。


「はは……、そんなのでこのアノンがびびると思ってるのか、おい。そんなに飲みたいならションベンでもすすってろ、クソガキが!」


相手の罵声を契機に、俺の中で普段抑えていた黒い感情がほどばしる。血管のように細い根が無数に伸びて、空間を浸食する。港の風景は黒く塗りつぶされていき、燃え盛るような花弁を舞わせる桜の木が、コントラストをなすように俺の背後にそびえた。


「これは、桜下絶唱おうかぜっしょう。なんてことしてくれたんだ。ヤバイ……、殺される」


瑞角がビビるのも無理はない。この桜下絶唱から逃げる術はないのだから。


「桜の木の下には死体が眠っている。そんな話を聞いたことがあると思うが、あながち嘘ではない。桜はアレロパシーというホルモンを分泌していてな。それには他の植物の成長を阻害する働きがある」


俺の体が小さいままなのも、そのアレロパシーが影響していると思われる。それを対外に放出し、具現化したのがこの滅びの力だ。


「くっ……!?」


敗勢を認めたアノンがきびすを返して走るが、闇に果てはない。ここは通常の空間から断絶されており、脱出は不可能だ。生還するには俺を殺すしかない。


奴もその可能性に思い至ったのだろう。やぶれかぶれとばかりに立ち向かってきた。


だが、俺の庭であまり動くことはおすすめしない。空気が振動して、花弁がより多く舞うようになるからだ。


アノンは俺にたどり着くことなく鼻血を垂らし、膝をついた。瑞角は腕で目と鼻を押さえているから症状の進行が抑えられている。それでも、毒は毛穴からも進入し、細胞を劣化させるから長くは持たないだろう。


「思い出した……、千本桜にはS級が二人いる。一人は子供みたいな悪魔だって。なんで、これだけの力があって……、リヒターみたいな奴の下に甘んじてる」


「あんな男でも、憎めない所があるのさ。それに、俺は悪魔じゃない。仏様だ」


力尽きたアノンの体は花弁に埋もれて見えなくなった。俺が腕を振るい、一際強い突風が吹くと、視野は青い空と波打つ港という平穏な風景を取り戻した。


瑞角はせき込みながら、俺を親の敵のような目でにらんだ。


「もう限界だ。あんたとはやっていけない」


アノンは髪こそ白くなっているが、かろうじて命をつないでいる。海に落ちた男も引き上げれば一命はとりとめるだろう。被害は最小だったと自負できる。


「たかが酒が切れたくらいで自制は効かなくなるし、僕を殺すつもりだったんじゃないですか?」


「そんなわけないだろ。悪かったよ」


血気にはやったのは自覚しているが、ここまで怒られるとは思わなかった。瑞角は俺のお目付け役として共に行動してきた。そんな彼からの絶交宣言に、少なからず衝撃を受ける。


「とにかくこの件は閣下に報告させてもらいます。貴方も少しは反省してください」


「わかった。もうやめる」


俺は腰に帯びていた太刀を瑞角に差し出した。


「責任は取る。リヒターによろしく言っておいてくれ」


返事のない瑞角に太刀を放り投げ、港を後にした。俺は三年勤めた千本桜をその日、あっさりやめた。

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