鬼か蛇か
俺と竜王は、花菱と分かれて人形を探すことになった。正直顔を付き合わせるのは苦痛だったが、今更下りるわけにもいかない。
「誤解してるみたいだけど」
アーチ型の木造橋に差し掛かった時に竜王が切り出した。俺は足を止め、FGに表示された地図を見ていた。
「はっちゃんは、お金のためだけに動いてるわけじゃないから。花ちゃんやエチカに安く家を貸してくれてるし」
「わかってるよ」
意図せず刺々しい声を発してしまい、近くを通りがかった子供が目を剥いた。
「わかってないよ。みんな一人で生きてるわけじゃないんだよ。適材適所。リーダシップを取れる人は必要でしょ」
「では、おまえは自分の役割に満足してるわけか?」
「何が言いたいのよ。ちょっと強くなったくらいで調子に乗らないで」
ついここ数日の不満が爆発してしまった。よくないことだとは思うが、どうにも収拾がつかない。
一触即発の緊張を保ったまま、俺たちはにらみ合った。竜王にとっては俺を屈服させるのはわけないと思ったが、欄干に手をついて、ため息をついた。
「もしかして、帰れなくなったのを悩んでるの?」
話が明後日の方向に向かっても、俺は意地を張って黙っていた。
「巻き込んでしまったのは悪いと思ってる。
でも、誰かを頼れって言ってくれた時は嬉しかった。ありがとう」
俺はとうとう我慢出来なくなり、感情を爆発させる。
「俺の事はどうだっていい! お前は今のままでいいと思ってるのか。色んな奴がお前を悪く言ったり、利用しようとするのが俺には許せない」
素直に「心配している」の一言が、どうしても言えない。それは俺の力が足りないからだ。こいつの隣に立つ資格が俺にはないような気がした。
「私ね、私立の中学入ったはいいけど、勉強ついていけなくてあんまり通ってなかったんだ」
唐突なプライベートの話に面食らう。思わず戦闘態勢を解いて話に聞き入ってしまった。
「これでも中学入る前は模範的な委員長だったんだよ。キャラの方向性見失うよね。勉強できない委員長とか、説得力ないし」
自嘲気味に笑う姿は、いつになく痛々しい。いや、覚えがある。俺がこの世界にきた翌日も、竜王は気を張っていた。結局、竜王の居場所はどこにあるというのだろう。
「でもここでは、私は必要とされてるよ。それは悪いことなの? 私が力を振るえば感謝してくれる人がいる。だからもっと強くなりたい」
「そのせいで鬼が生まれてもか?」
真っ向から対峙しても、竜王は挑発するような笑みを浮かべている。
「やっぱり知ってたんだ。もしそうだとしたら? 私が死の雨を降らせてるとしたら、君はどうするの」
竜王の新しい一面を知ってなお、俺は。
「お前を信じる。お前が鬼だろうと蛇だろうとな」
竜王は欄干に背中を預け、息を吐いた。
「つまんない答え」
「何? 俺が味方するというのに不満か」
「それな。うっとおしい。うちのお兄ちゃんみたい」
舌を出して邪険にする竜王は、年相応にあどけない。俺はこいつとの関係を終わらせたくなくて、ずっと嘘をつき続けている。卑怯な男だ。
「人形、見つかんないねー」
町外れまで足を伸ばし、日が沈むまで捜索したが、めぼしい成果は得られなかった。概ね、花菱から送られてきた地図の案内に従ったが、往々にして竜王は聞き込みとは名ばかりのひやかし行為で時間を潰した。ゆえに文字通り息抜きになってしまった。花菱も案外こうなることを予想して、俺たちを送り出したのかもしれない。
竜王は湿気で汗ばんだ肌に手で風を送り、涼を取って歩いていたが、ふいに足を止めた。一度アテナと訪れたことのある銭湯の前だった。
「さっぱりしてから帰ろっか」
どういう風の吹き回しか、理解に苦しむ。それでも断る理由も特になく、藍染めの暖簾をくぐった。
男湯には木の浴槽が二つあり、桶で体を流してから入る。職人とおぼしきガタイの良い男たちが湯に浸かっていた。
「おーい、聞こえる?」
男湯と女湯を隔てる壁は薄い。隣からくぐもった竜王の声が聞こえてきた。
「何か用か? 我慢比べとかなら断る」
俺が先回りして稚拙な勝負を退けると、竜王は嘆きの声を上げた。
「何でわかったの! ちえっ、つまんねえ奴」
そこから竜王は沈黙した。お湯の温度は結構高めだし、だいぶ時間が経過したから、先に上がったのだろうと思った。
「ねえ、まだいる?」
再び確認の声。俺は浮かしかけた腰を下ろした。
「もうとっくに上がったのかと思っていた。倒れる前に上がったらどうだ」
「そういう心配性なとこ、やめてよ。お兄ちゃんを思い出すから」
「お前の居場所、前の世界にもあったじゃないか。寂しくなったりしないのか」
余計な詮索だったのか、返事がない。竜王の気配を感じ取れなくなった。数十秒後、水の跳ねる音と共に決意を秘めた声が聞こえた。
「……、それはお互い様だよ。君のこと、絶対なんとかするからね」
手首に巻いているFGから、初の通知が届いた。
Mission 竜王討伐
『竜王リリスに懸賞金がかけられました。生死は問わず、参加人数は無制限。達成した者には六百万両の報酬が与えられます』
「おい! これは何だ、竜王」
その日を境に、竜王は俺の前から姿を消した。
花菱烈華は、町はずれの墓地にいた。墓地といっても、寺は荒れ放題、墓石も倒れたままになっている。打ち捨てられた土地、そして夕暮れ近くとあって寂寥感が募る。
花菱の足下には、人形が倒れている。人形は四角い銀色のボディーに、棒状の細い手足がついている。間接はついているが、複雑な動作はできず、頑丈なだけで鬼と戦う力もない。できるのは近隣にいる千本桜のFGに鬼の位置を伝達することだけだ。
伝聞通り、捕らえた人形には頭部が二つあった。調べてみると頭部でなく不格好な卵型のセンサーだったが、暗がりでショータは見間違えたのだろう。バックパックには見覚えないのない空のアンプルが三つ入っていた。
花菱はこのようなセンサーをつけた覚えはない。実際コントロールが乗っ取られており、人形は全く別のルートを辿ってここまで来ていた。
「あたしの人形に細工した奴はなんの目的でこんなことを」
人形のメモリーを調べると、一定のルートを巡回していたが、関連性はまだ不明だ。
「接木変異ってご存知ですか。普通は台木が接ぎ穂に影響を与えるそうですが、その逆もあるみたいです」
推理に熱中した弊害か。いつの間にか、花菱の背後に女の子がいた。
「誰だ? てめえ。もしかして、あたしの人形になんかしたか」
「えへへ、バレちゃいましたか。ここにたどり着くとはさすがです」
少女は人形の細工を白状したが、目的を吐かせるまでは殺すわけにはいかない。花菱は血気に逸る気性を押さえる。
「聞かれたことにはよ、ちゃんと答えないと駄目だぜ。少しでも長生きしたいならな」
「そんなに怒らないでください。その人形をお借りしていたのは謝りますけど、楽しいことをするためには準備が必要なんですよ」
少女の浮ついた態度が勘に障る。どうせ報いを受けさせるのは変わらないのだ。大義はこちらにある。花菱の我慢はあっけなく瓦解した。
「時世の句は終いか。あたしの人形にだせえ仕掛けしやがって、てめえはここでぶっ殺す!」
花菱は人形に手を入れられるのが嫌いだ。感情に任せて軽率な行動に出たのは今回が初めてではない。しかし、己の力を過信していたにしろ、この少女が易々と姿を現したことにもっと疑念を抱くべきだった。
「がっ……!?」
花菱は背後から首を突かれ、倒れた。敵はもう一人いたのだ。一瞬で意識を失い、攻撃してきた相手の正体は掴めなかった。
「遅いですよ、カトーさん」
ステッキを持った紳士が木の陰から現れると、少女は胸をなで下ろした。
「この人結構強そうだから死ぬかと思いました」
「ユイ君、謙遜はそのくらいで。君も彼女と同等の使い手。撃退はできたはずですぞ」
ユイは侮蔑混じりの視線を花菱に投げかける。
「……、戦いにしか意味を求めてないお馬鹿さんと一緒にしないで下さい。不愉快です」
「これは失礼。彼女とは気が合うと思ったんですがな」
カトーの指摘は残念ながら当たっているが、この時のユイは花菱を単細胞の馬鹿と見なしていた。
「それはそうと、カトーさん見ました? あの懸賞金の話」
「ほほほ、誰かが密告したのでしょう。我々はこれまで以上に動きやすくなります。それに君も他人事ではありませんぞ。そろそろ舞台に上がってもらいます」
ステッキで指名されたユイは頭を抱えた。
「はうぅ……、学芸会の時のトラウマが。裏方でいいって言ったのに」
「何をおっしゃる。この世は皆舞台。存分に踊り狂いましょう」
ユイの背後にあった枝に黒い蕾が無数に備わっていたが、機が熟したと言わんばかりに花弁が開いていく。この国の在来種とは異なり、ソメイヨシノのように花弁は白かった。
同じような木がリョクメイ国中に根を張り、静かに終わりの序曲を奏でようとしていた。




