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あの桜はまだ燃えているか  作者: 濱野乱
あの桜はまだ燃えているか 承前
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ディドルート(前編)

 

 使っているベッドはシングルサイズだが、小柄なショータにとってはダブルと大差ない。この国に来てから全てのものがオーバーサイズで、初めのうちは階段でよくつまずいた。


  寝返りを打った先に、弾力を発見した。抱きしめると壊れそうな程もろく、繊細な作りの枕だった。


 抱き枕だと思っていたのはエチカだった。肉付きの少ない腕と膝を曲げ、深く寝入っている。腰まである髪はほどかれ、眼帯もつけていない。何の装飾もなしに眠っている今の姿を見ても、彼女が暴虐な戦士であるとは誰も信じないだろう。


「エチカ、帰らなかったのか」


 ショータが寝入ってから部屋に再度侵入してきたらしい。


 いつもなら蹴り出す所だが、今日はそのまま寝かせておいた。エチカの整ったおとがいを撫でてから、ベッドに垂らされた彼女の髪を持ち上げる。


 遠目から見ると絢爛な金髪は、針金のように硬く指に刺さりそうだ。


 エチカは金遣いが荒く、常に金銭問題に悩まされている。


 反面義理堅くて、金より仁義を優先させることもある。ショータが極北で危機に陥った時もエチカがいなければ、命を落としていただろう。


 エチカの良い面も悪い面もショータは知っている。そんな彼女を何度も傷つけ、あまつさえ眼球を抉った。


 そこまでしたのに、エチカはどうして自分を慕うのかショータにはわからなかった。


 時刻は正午を回ろうとしているが、誰も呼びに来ない。マルラームにお茶を頼もうと、リビングに出向く。


 椅子とテーブルが取り払われたリビングには、巨大なアニメモがあぐらをかいて座っていた。人間と比べて巨大と言われるアニメモの中でも彼の大きさは一層際だっている。部屋の大半のスペースを占拠している上、天井に頭が届きそうで、ひどく窮屈に見えた。


 金色の瞳が、ショータを捉える。威圧的な光はなく、山のように雄大でかつ穏やかだった。


 雪のように白い毛並みの胸からへその毛が刈り込まれ、入れ墨が彫られている。入れ墨は王権の象徴で、チェスカルーヤも同じものを背中に入れている。


 大アニメモは自分の膝を叩き、ショータに座るように促した。ショータは示されるまま、丸太のような膝の上に腰を下ろした。獣臭さはなく、香油の匂いがした。


「妹が、迷惑をかけているようだな」


 ショータの頭上から声が降ってくる。頭が揺さぶられるような振動を感じた。


「僕の方こそ、厄介になっている身分で口が過ぎました」


 ショータは言葉を濁した。まさか女王の兄に告げ口するわけにもいかない。


  ディドルート=カンザスは、顎に密集した毛を撫でた。風となった鼻息がショータの髪をあっちこっちに吹かす。


「そう謙遜するな。あれの行くところ嵐が吹かないところはない」


 兄としての妹評は厳しいものになりがちだ。女王の実兄として常に側にいるからこそ、見えるものもあるのかもしれない。彼は軍務の最高責任者である、将軍の地位についている。


「ディドルートさんは、大きいですね」


 ディドルートは困ったような間を置き、ゆっくりと喋る。


「俺の姿は見る者によって変わるようだ。大きい者には大きく見え、小さき者には小さく見えるらしい」


 ショータが背後を見上げても、太い首から垂らされた赤青白の三色スカーフがあるばかりでディドルートの表情は伺い知れない。最も正面から対面したところで、彼の本心はいつも霧に包まれたように判然としないのだ。


 口数が多いチェスカルーヤとは対照的に、兄は寡黙だ。距離間を掴みづらいという点では共通しているが、実直そうなのである程度信頼は置ける。


「今日の御用向きは?」


 世間話をする程打ち解けた関係ではないため、単刀直入に来意を訊ねる。


「……」


 ディドルートは、むうとか、声にならないうめきのようなものを吐くばかりで要領を得ない。彼なりの照れ隠しらしいのだが、それに気づいたのはだいぶ経ってからだ。


 ショータは柱についた大時計を見上げた。一時間ごとに子豚の人形が飛び出す仕組みだ。


 ディドルートはいつも昼過ぎに起きるとチェスカルーヤに聞いている。彼が起きるにはまだ早い時間だった。ニーベルンデンの国民が怠け者というわけではなく、ディドルートが特別寝起きが悪いのだった。


「マルラームさんたちを呼んで来ましょうか?」


 単に女王の対応に不備がなかったか、確認しに来ただけと受け取った。軍事的な相談でもなさそうなので外に助けを求める他ない。ディドールートはそれを拒み、ようやく口を開いた。


「いや、待て。あまり閉じこもっているのは健康に良くないだろう。散歩に行かないか」


 


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