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あの桜はまだ燃えているか  作者: 濱野乱
りゅうおうのおしごと
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慰労会


竜王の慰労会は、店の二階にある宴会場を貸し切って行われた。「リリスちゃんお疲れさま。ありがとう」という白々しい垂れ幕が、宴会場の小さな舞台を飾っている。竜王が帰ってくるたびに、こうした宴会を開いているそうだ。


「ささ、まずは一杯」


上座の竜王は、泡の入ったコップをはっちゃんに勧められるがまま飲んでいる。竜王が飲んでいたものと同じものを俺も舐めてみた。炭酸入りで、ラムネに似ている。


運ばれてきた鍋は煮えたぎり、肉と野菜がぎゅうぎゅうに詰まっている。昨夜も肉を食べたから、体が受け付けるか不安だったが、杞憂だった。競い合うように、醤油ベースの鍋を平らげる。とろけるような牛肉に舌鼓を打った。


「ういー、食った食った」


はちきれそうな腹を上に向けて、エチカと花菱が畳に寝転がっている。はっちゃんが二人のお腹を鼓のように叩いた。


「働かないで食う飯はうまいか、おい。今日のはツケだからな! 払えないなら極北の調査船に乗ってもらう。あっちは寒いだろうが、三食は保証するよ。よかったなあ」


抜け目ないはっちゃんの一言に、二人揃ってアザラシのようにうつ伏せになった。多分、血の涙を流しているのだろう。


「はっちゃん、ちょっといい?」


竜王がはっちゃんを呼び寄せて、真面目な話を始めた。はっちゃんが申請していた病院の計画が難航しているらしい。


「この国、病院ないのか」


俺が口を挟むと、はっちゃんはこの国の医療の問題を挙げた。


「小さい診療所ならあるけどね。ヤブとまともな医者の区別がつかないんだ。医療レベルもあたしが知る民間療法と大差ない。助けられる命があるなら助けたいじゃないか。政府は冒険者に生殺与奪の権利を与えたくないんだろう。天候はリリスちゃんに頼りきりのくせにね」


あまり不自由を感じないが、この国には電気も、医者も、水道も、ガスもない。異世界から持ち込んだ技術で、生活環境を改善する是非をこの場で決めるつもりはないが、はっちゃんの心情はある程度理解できる。

 

「はっちゃんは行動力があるな。人生を自分で切り開いていけそうだ」


「どうせ一人で生きていけますよーだ。男なんて頼りになるもんか」


嫌な記憶が蘇ったのか、はっちゃんは酒を煽った。ほめたつもりが、地雷を踏んでしまったらしい。助けを求めるように竜王に目を向けると、赤い顔でぶつぶつ言っている。


「そーだ、そーだ……、わらしだってちゃんとやってるんだぞ」


助けられるどころか竜王は女王蜂に追従した。さっきまで普通だったのに呂律が回っていないのも気になる。


「リリスちゃんはラムネで酔える人なんだ! 宴会はここからが本番だ」


酔うとわかっていて何故飲ませた。竜王の顔が、間近に迫ってきた。潤んだ目で顔をのぞきこまれると、反応に困る。


「わらし、こんな弟が欲しかった。お兄ちゃんなんかクソだ。ちくいちわらしの行動を監視する。クソゲーだ、ううっ……」


悪態をつきながら泣き出してしまった。そういえば、兄がいると以前話していたが、急にホームシックにかかったような変貌ぶりだ。


「ラムネを飲むと昔の記憶を思い出しちゃうんだろうね。しっかりしてるようでもまだまだ子供なんだよ」


宴会を毎回開くのは慰労というより、竜王のガス抜きを目的としているのかもしれない。はっちゃんは竜王にとって、最も重要な精神的な支柱なのだろう。


竜王は俺の膝の上に頭を乗せて寝ている。この寝顔を守れなくなる日が遠からず来るかもしれない。

 

「はっちゃんには最後まで竜王の味方でいて欲しい。頼めるか」

 

俺の真剣な願いを、はっちゃんはいつもの調子ではぐらかす。


「どうだろうね。こっちも商売人だからにゃあ。ま、彼女が今のような素直な子なら見捨てるなんてことはしないよ」


確かな答えは得られなかった。それでも、はっちゃんは竜王に利用価値があるうちは味方でいてくれる。俺はもう、竜王の望む弟にも、お守りにもなれないのだから託すしかない。


「お……、雨か」


花菱が起き出して帰る準備を始めた。酔いの醒めた竜王とエチカはお手洗いに行くと言って部屋を出ていった。


帯を締め直していた花菱は手を止め、窓に当たる雨粒をいとわしそうに見つめている。二人きりになったのを見計らい話しかける。


「雨、気になるのか」


「傘持ってきてねえから、着物汚れると嫌なんだよ」

 

花菱は気象観測装置を製作していた。リリスに直接訊く勇気がなかった俺は、その件について探りを入れるつもりだ。


「せっかく竜王が降らせてくれたんだ。もっと感謝したらどうだ」


「あたしはそんなの望んじゃいないし、リリスが体張るのも反対だ。それに雨が降るとろくなことがない」


花菱は俺の狙いを察したのか、似合わないため息をついた。


「気になることがあるなら、本人に聞けよ。ま、あんまりちょろちょろするなら、あたしが殺すけど。今夜はどうせ雨で汚れるから丁度いいや」


情に厚い奴なのはわかっていた。会って間もない俺の心配をする奴だ。親しい竜王を守ろうとする意志は、より強固なものとなるだろう。短気なのが玉にきずだが。


花菱が懐に手をやった瞬間、俺は後方に大きく跳んだ。着地から間をおかず、花菱の懐から腕のようなものがわずかに伸びて消えた。昆虫のように細く節のある不気味な腕に見えた。 


「おい、手を出す奴があるか。店が壊れたらまた借金がかさむのがわからないのか」


俺が短慮を諫めると、花菱は目を白黒させた。


「え……? 今の見えたの? マジで。へー、やるじゃん、避けたのは正解だったぜ」


今度は俺が目を疑う番だった。花菱が着物の襟を開くと、鋭い蟷螂の斧が伸び、かとえ思えば色鮮やかな七色の蝶が羽化する。幻のように形態がめまぐるしく変化している。こいつは懐に虫を飼っているのか。


「動植再図絵。動植物の形態を模写して持ち運べる人形シリーズ。さっきのは蠍の尻尾だ。当たってたら死んでたかもな」


本物と見まがう牡丹の花が枯れると、花菱は襟を整えた。


「手の内を明かしてもらって恐縮だが、いいのか。同じ手は使えないぞ」


「心配すんな、真打ちは取ってある。あたしは強い奴とやるのが大好きなんだ」

 

花菱の人形は造形だけでなく、殺傷能力も一級だ。俺の視野では、蠍の尾を追えなかった。俺はまだ自分の力を把握できていない。勝負になるかどうか。


「はーい、そこまで」


戦いに終止符を打つべく、はっちゃんがおぼんで俺と花菱の後頭部を打った。


「ごめんねー、ショウちゃん。こいつ人を壊すしか能がないからつまんないでしょ。全く、愛玩人形でも作れば大金持ちになれるのに」


決闘に水を差された花菱が不満そうに口を尖らす。

 

「あんたの持ってくる仕事はそんなんばっかだよな。あたしは自分の作家性を堕とす仕事はしたくないんだけど」


二人が議論を始め、俺は放置された。いつの間にか話題は商業化と作家の矜持に移っている。助かった。あのまま戦っていたら、どちらかが命を落としていた。


「花ちゃんは強いでしょ」

 

素面の竜王がいつの間にか俺の背後に立っていた。雨音に重なるように歩いてきたから気づくのが遅れた。


「さっきので死んじゃったかと思ったよ。でもよかった。神格があれば、私がいなくても大丈夫だね」


俺が弁解しようした時には、竜王はエチカと階段に向かっていた。


「隠し事してすまん。でもこの力はお前のために使うから」


「無理しなくていいよ。千本桜に誘われてるんでしょ。入ってみたら? 楽しいかもよ」

 

竜王に笑顔を向けられたのは初めてで、俺は言葉を失った。思惑は見透かされている。

 

はっちゃんは店の傘を借りるように言ってくれたが、小雨ということもあり、俺は断った。


薄暗い通りを一人歩く。竜王たちとは店を出てすぐ別れた。帰り道が反対だったためだ。


「……、馬鹿らしい」


元来俺は、個人主義者だったはずだ。真美には他人を蔑ろにするなと説いたが、それはそれ、自分の不利益になることはするなという詭弁に過ぎない。


そうでなくば、この気持ちを説明できないではないか。俺は見捨てられてなどいない。俺にとって奴が不要になっただけだ。これからは、何にも縛られず、自分のためだけに生きてみせる。


俺の進行方向五メートルほど先に人影を発見した。俺と同じように傘をさしていないが、立ち止まったまま堀の方に顔を向けている。


風が目に見えて強くなってきた。顔に当たる雨粒にも飽きてきた所だ。遊んでくれるなら鬼だろうが蛇だろうが、構うのものか。


「運がなかったな、今夜は誰でもよかったんだ」


俺自身も遮那王の全容を把握しているわけではない。途方もないこの力で、この町を灰燼に帰しても構わないとすら思った。


雨粒が地面にたどり着くより早く、俺は距離を縮めた。理不尽で最低な暴力を振るうために、仏の力を集約する。


腕の一振りで人影は派手に吹き飛んだが、器用に受け身を取り、五体は無事だった。それどころか四つん這いで跳躍し、民家の屋根伝いに走って消えた。

 

「何……!?」


相手の人間離れした動きにも驚いたが、他に不審な点がある。

 

殴った時の感触が、やけに鈍かった。まるで鉱物のような尋常でない硬さだった。その上、接近した際に首が二つあったように見えたのは錯覚だったのだろうか。あれが鬼ならこの国にとって甚大な脅威となるだろう。


「今の鬼に心当たりはあるか、花菱」


店を出てからも花菱はずっと俺の後をつけていた。闇討ちの機会でも伺っているのかと思ったが、様子がおかしい。傘を差したまま、怖い顔で地面をにらんでいる。


「あれは鬼じゃない。あれは、あたしの人形だ」


 


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