社会奉仕
洞窟を出ると、夕日が水平線に沈むところだった。俺とエチカは水を吸った重たい服に辟易していたが、ユイは晴れ晴れとした顔で砂時計型の容器を掲げた。
「お二人のおかげで、蝶を捕獲できました。ありがとうございます!」
「俺たちは良い生き餌だっただろう?」
皮肉が通じないのかユイは首を傾げているが、俺が潜っている間に蝶を取っているというのが気に食わん。海の主の相手をさせるために、俺たちを連れてきたとしか思えない。
「それでは私はこの辺で。お二人の邪魔するのもなんですし」
ユイは岩場をスキップして、海岸の方に消えた。おいおい、今回マジでタダ働きじゃないか。蝶も良く見れなかったし、来て損した。
「じー……」
エチカが上目遣いで俺を見ている。陸に上がってから、俺の体にずっと寄り添っている。水に入った後で寒いから温まりたいのだろうと思った。
「ショータ、あたしのこと好きなんでしょ」
「嫌いでは……、ない」
何だ、この熱視線。感じたことのない圧を感じる。
「助けてくれてありがと」
頬に、小さな弾力を感じた。タダ働きなんてとんでもない。蛸の触手とは似ても似つかない愛らしい花を俺は受け取ったのだ。
「竜王が帰ってきたらたこ焼きパーティーでもするか」
「思い出すからもうやめて」
エチカはすっかり海が嫌いになってしまったらしい。俺は海の主の足を海に投げ込んだ。切断面は少し焦げていて、かじると蛸の味がしたのは秘密だ。
一足先に桜並木の道に帰還したユイは、ふと足を止めた。人気のない夜道は、花弁が音もなく舞う幽玄の世界と化している。
「いるんでしょう? もう出てきても大丈夫ですよ」
ユイの視線の先にある木の陰から、でっぷりとした体の紳士が姿を見せた。山高帽子を脱ぎ、目を細める。
「ほっほっ、さすがユイ君。気づかれてしまいましたか」
「バレバレですよ。そんなに私、信用ないですか。カトーさん」
「滅相もない、トモダチ。儂と君の仲ではないですか」
ユイがカトーの出会いは、半年ほど前に遡る。遺跡の発掘調査で知り合った。カトーは調査のパトロンで、莫大な資金を出資していた。ある程度打ち解けると、資金の出所を明かしてくれた。
「ここだけの話、儂は国盗りが趣味でして。ほら、星が燃え尽きるときにとても強い光を放つと言うでしょう。人も同じなのです。絶望にあらがい消えゆく人間はまこと美しい。儂にとって国は財布、人は金貨です」
「良い趣味ですね。では本業は違うと?」
「はい。儂の本業は社会奉仕ですな。世界は身を粉にして支えるだけの価値があります。儂など美しい世界を作るための歯車に過ぎません」
彼が狂っている、とは思わなかった。ユイ自身も集団からあぶれたエラーの一つに過ぎない。シンパシーを感じ、カトーの美しい世界の実現を支えるようになった。
ユイは、リュックに入れていた枝をカトーに渡した。
「リリスさんの枝です。これで研究所への口利きお願いします」
「もちろん約束は守りますよ。ユイ君ならどこへ行っても歓迎されるでしょう」
「その枝、何に使うか訊いてもいいですか」
カトーはステッキで地面を叩いた。ユイは一瞬漏れ出た殺気に怖じ気づき、息を詰める。
「なあに、花咲かじいさんになろうと思ってねえ。これでリョクメイ国が取れるよ」




