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あの桜はまだ燃えているか  作者: 濱野乱
りゅうおうのおしごと
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ユイの調査(前編)


俺のすぐ隣でアテナが寝息を立てている。あれだけ暗闇を恐れていた癖に熟睡するとは、良い神経をしている。


俺は一晩中熱の籠もるアテナの懐にすっぽり包み込まれ、忘れかけていた母性に浸っていた。パジャマ越しの頬に、ぱふぱふ♪という感触が当たるたびに意識が覚醒する。


表戸を叩く音がした。障子から差し込む日が、額に当たる。そろそろ藤ばあが、朝食を運んでくる時間なのだと思った。


応対に出たいが、アテナの腕が俺をきつく抱きしめて離さない。叩く音が止んだと思うと、雨だれのように足音が移動し、庭の方から弾んだ声が聞こえた。


「ショータ君、遊びましょ!」


俺はアテナの拘束を解くと、障子を少しだけ開け様子を伺う。


虫取り網を担いだエチカが、庭に立っていた。民族衣装風の着物をリメイクしたワンピースを着ている。どうやってこの場所を知り得たのだろう。前もって転居を知らせていなかったはずだが。


居留守を決め込む理由もない。俺は障子を大きく開け放ち、縁側に出た。


「うわっ! まぶし」


途端、エチカは目映い光を浴びたように手で顔を庇った。神々しい光は俺の額から照射されている。


「すまん。俺の偉大さがついあふれだしてしまった」


「ぶふっ……」


エチカの背後にいた少女が吹き出した。昨日スパイの嫌疑をかけられた少女である。俺の額が光るのがよほどおかしいらしく、まじまじと見つめては一人笑い転げる。


急遽、俺の額が光るようになったのはアテナのせいだ。暗闇が深まるにつれ、正体不明おばけの妄想に取り付かれたアテナは、俺に摩訶不思議な術を施した。


「明るくなあれ、光明を持つものよきたれ……、毘盧遮那びるしゃな毘盧遮那……」


念仏を唱え始めた時は正気を疑ったが、聞いているうちに俺の体内に不可思議な力が湧いてくるのを感じた。そうして額が光るようになったのだ。


「光るだけですか?」


スパイの少女が笑うのを止めて確認してきた。好奇心が強いのか、物怖じせずに俺の額に触ってくる。


「今のところはな」


「神官さーん、この子にどんな加護をあげたんですか?」


スパイは、俺の額に自分の額を合わせて秘密を探ろうとしている。


障子の陰で話を盗み聞きしていたアテナが、きごちない動きで顔をのぞかせた。


「えっ? えー? 大したことないよ。ただ光るだけだし。アテナ、朝ご飯もらってくるね」


変に上擦った声でまくしたてると、パジャマのまま家を飛び出した。何かやましいことがありそうな気配がする。


「そろそろ離れてもらっていいか」


「すみません、夢中になると周りが見えなくなる性質でして。申し遅れました、ユイ=カシワバです」


スパイは額を離すなり、慌ただしく自己紹介を始めた。そして急に人見知りになったように目を合わせなくなった。チェックのシャツにベージュのズボンという地味な格好で、垢抜けない少女だと思った。


「俺はショータ。エチカとは仲直りしたのか」


「ええまあ……」


一周目が泳いだが、冤罪だったとエチカに認められたらしい。同じ冤罪仲間として祝福してやりたい。二本指を立てた両手を額にかざして光を放つ。


「それより、神官が冒険者に加護を付与するのは珍しいんですよ。一体どんな力が隠されているか気になります!」


興奮しているユイには悪いが、幼稚なアテナのやることだ。大したことはないと思う。せいぜい、蝋燭代を節約できるくらいが関の山だろう。


鼻息を荒くしていたユイの顔に、虫取り網が被さった。言うまでもなく、ご機嫌斜めのエチカの仕業だ。


「人の男に手出してんじゃねえ! ぶっ殺してやる」


エチカは嫉妬に狂った女のように手を挙げる。やれやれ、俺の好色一大男はいつの間にか幕を開けたのだ。


後でユイに俺たちの関係を訊ねられた。


「エチカさんと付き合ってるんですか?」


「そのような事実は一切ない」


俺は正直な男だ。エチカに悪いが嘘はつけない。 


藤ばあに、ユイとエチカの食事も作ってもらっている間、俺を誘いに来た目的を聞いた。


ユイが稀少な蝶の生息地を知っているらしい。エチカは無理矢理それを聞きだし、俺を誘いに来たという流れだ。


「蝶を捕まえてどうするつもりだ」


「生態系の調査です。エチカさんは売り払ってお金にするつもりですけど」


ユイは元々生息地に向かうつもりだったから、人数は多い方が助かると言って笑った。


「俺もエチカのように蝶を売買目的で乱獲するかもしれないぞ」


「無理ですよ」


禄に根拠もないのに断言した。まだ会って間もないし、信頼されているとも思えない。だとしたら侮られているのか。


「非常に数が少ないですし、捕獲するのにも苦労すると思います」


そうまで言われると、どんな蝶か気になる。 どうせ今日の予定も決まっていなかったし、エチカが無茶をしないように監視する必要もある。俺は蝶探しに同行することに決めた。


「いいだろう。昆虫採集は得意な方だ」


「わあ、ご協力感謝します」


満面の笑みで参加を喜ばれると、悪い気はしない。


ユイは研究者志望で、様々な成果を上げる旅の途中らしい。冒険者といっても、十人十色だ。


「あたしは運命の人に巡り会うために旅をしていたけど、それはもう達成したから結婚資金を溜めないとね」


エチカが握り飯をほおばりながら、誰も聞いていない将来の展望を語った。


それはともかく、少し引っかかる。エチカが自発的に蝶の居所を聞きだしたはずなのに、いつの間にかユイの目的に沿うように動かされている。俺もそうだ。そもそも何故ユイはエチカの前に現れた。利用するために意図的に情報を流したとしたら、侮れない。経過を注意深く見守る必要があるだろう。何事もなければいいのだが。

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