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あの桜はまだ燃えているか  作者: 濱野乱
りゅうおうのおしごと
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不束者ですが


囲炉裏のある板の間に隣接して、畳の和室がある。和室からは庭に降りることができる。掃除は行き届いているが、備え付け古い箪笥しか置いていない。


「アテナ、荷物はどうした?」


「これだけ」


アテナはハンドバッグと、うさぎのぬいぐるみ、数着の衣類しか持っていなかった。アテナの事情を知った今となってはもの寂しい光景だ。捉えようによっては、これから新しい思い出を作る余地がある。


「今度一緒に買いに行くか。って、俺が払うわけじゃないが」


「うん! アテナ、そういうのよくわからないから、ショータ君に選んで欲しい」


アテナは生活全般を俺に丸投げしようとしている。ここまで生活能力が欠けているとは思わなかった。


「お前は俺のコンシェルジュをしていたのに、何も学んでいないのか」


「ショータ君はアテナのおっぱい触ってばっかりだったじゃない(怒)」


思わぬ反撃を受け、言葉に詰まった。 やはり、VAFでのことを根に持っている。あの頃はアテナをAIだと思っていたが、今は違う。肉感的な体つきや、匂いを感じる。


「二度としないから、許してくれるか。その代わり、これからは一緒に学んでいこう」


「うん。不束者ですがよろしくお願いします」


形式的なものとはいえ、同棲する事実を改めて認識せざるを得ない。俺は咳払いしてアテナから視線を外した。


食事は藤ばあが、運んでくれる約束だ。夕食まではまだ時間がある。


監禁で疲れた体を癒すために、畳に寝転がる。アテナが立ったまま俺を見下ろしていた。


「暗くなる前に、お風呂に行こうね」


この家には風呂が備え付けられていないので、近場の銭湯に行く必要がある。俺は体がだるかったので誘いを断った。


「だめ! ショータ君、臭うんだもん」


ところがアテナは鼻をつまんで、俺を糾弾した。


念のため嗅いでみるが、自分の体臭はよくわからない。だが、この世界に来て一度も風呂に入っていないのだ。臭っても不思議ではない。


渋々、アテナに手を引かれ、銭湯に向かった。俺は子供料金で入場できた。木桶にお湯を溜め、頭から被る。手足の伸ばせる風呂に浸かると、苦しい現状を一時、忘れることができた。熱い風呂から出て、脱衣場に入ると、頭の悪そうな子供の姿が目に入った。つんつんした金髪に、生意気そうな口元、見るからに育ちが悪そうだ。


目の毒だと思い離れると、そいつもついてくる。腕を振り回すと、そいつも同じ動きをする。


「……、俺かーッ!」


育ちの悪そうな子供は、鏡に映る俺の姿だった。高貴な俺の顔かたちが、ここまで零落するとは嘆かわしいにも程がある。


「ショータ君? 大丈夫?」


騒ぎを聞きつけ、女湯にいたアテナが駆け込んできた。バスタオル一枚で。


「俺が、残念な子供に……、ってお前は服を着ろ!」


アテナに急いで服を着せ、銭湯を出る。好奇の目にさらされたことが悔しい。


「ショータ君は可愛いから気にすることないよ」


女神のような包容力で、アテナは俺を慰める。


「俺は気にするんだ。男の沽券に関わる」


どうりで会う人間全てになめられるわけだ。今の俺に欠けているのは威厳だ。決定的な成果を上げて鼻を明かしてやる。明日から本気を出すぞ。


家に戻ると、お膳に載った夕食が用意されていた。焼き魚に蕗みたいな野菜の煮物、菜っぱの汁物と、玄米が茶碗に盛られている。腹は減っているが、食指が動かない。


「藤ばあには悪いが肉食べたいな。ハンバーグとか」


「そう? アテナはここ連日、味の濃いものばっかり食べてたから胃を休めるのに丁度いいよ」


アテナは聞き捨てならないことを言った。すかさず問い質す。


「お前、数日前からリョクメイ国にいたのに、今日初めて藤ばあに会ったみたいだったな。今までどこにいた」


「城で接待受けてたの。難しいお話はよくわかんなかったけど、美味しいお料理とお酒、楽しかったよ☆」


楽しかったよ☆ じゃない。インスタ映え女子か。世間知らずのこいつのことだ。冒険者そっちのけで国に忖度されては困る。竜王と国の繋がりを知っている今だからこそ、余計に気にしてしまう。


囲炉裏を挟んで、夕飯を済ませた。その後、寝る段になって問題が起きる。


「一人で眠るの怖いの。どうしたらいいかなー」


パジャマに着替えたアテナが、うさぎのぬいぐるみに話しかけている。最前からその調子だ。俺に直接言わない。


「リョクメイ国にはおばけが出るんだってー、怖いね」


「お化け? 鬼じゃないのか」


俺が板の間から声をかけると、蝋燭の明かりに照らされたアテナの顔はやけに白く見えた。


「何でも頭が二つある巨人なんだって。城でも話題になってたよ」


町を徘徊する亡者は、鬼だけではないのか。これらの怪異が自然発生的に起こっているのではなく、裏で手を引いている奴がいるとしたら、俺はそいつを許さない。


「巨人なら足音でわかるだろう。現れたら俺がやっつけるから安心して眠れ」


「でもでも、いきなり天井ごと踏みつぶされるかも」


襖を閉めようとすると、アテナはそれを拒んだ。昼間は鬼は任せろと強気だったのに、心配性だな。俺も段々不安になってきた。


「とにかくだめなんだ。俺はこっちで寝る」


俺は頑なに同室を避けようとするが、アテナは心配の種をこれでもかとぶつけてきた。


「夜中怖い夢を見たら? おトイレに行きたくなったら? 誰がアテナの面倒みるのかな」


「わかったわかった。今日だけだからな」


俺が観念して襖を少し開けると、手首を掴まれ、部屋に引きずり込まれた。石鹸の匂いと、アテナの髪の匂いが混じった空気にどぎまぎする。


「お礼に今度、ハンバーグ作ってあげる。作り方教えて」


請われるまま合い挽き肉と、タマネギを混ぜ込んだ料理の仕方を教える。緊張して途中から何を話したか覚えていない。眠気もどこかに吹っ飛んでしまった。俺ともあろうものがお化けに慄くはずもないのだが、この夜だけは寝ずの番をしてやろうと思った。

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