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あの桜はまだ燃えているか  作者: 濱野乱
りゅうおうのおしごと
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アテナと暮らす家


長屋のある路地から大通りに出て、地図を確かめる。碁盤の目のような筋を辿れば、アテナの住居は寺町よりさらに東に行ったところだとわかった。


「ねえ、わかった? アテナの住む家」


俺のつむじにアテナの胸がのしかかっている。熱で蒸れてくるが、不快ではない。


「自分の家くらい把握しておけ。それか人に訊け」


「ショータ君に訊いたじゃない。アテナ着いたばかりだし、地図の見方よくわからないんだもん」


悪びれもしないこいつの前途が思いやられる。とりあえず家に送り届けてから、今後について考えよう。


並んで歩きだそうとした所、右手にある食事どころの暖簾から、男が顔を出した。日焼けした顔に、爪楊枝をくわえている。どこかで見た顔だと思ったら、材木屋の番頭だ。


「よお、坊主。またお使いかい」


向こうも覚えていたらしい。目が合うなり、気さくに話しかけてきた。まあ昨日の今日だし、見て見ぬ振りもできないか。


「貧乏暇なしという奴だ。そちらは懐に余裕があるようでうらやましい」


「けっ、つまんねえ嫌みはよしな。ろくな大人になれねえぞ。それより取り立てはやめたのか」


「う……、まあな」


半日と持たずにクビになったとは言えず、お茶を濁す。番頭は白い歯を見せて笑い、俺の頭を叩いた。


「そうかい。まあ、坊主にとってはその方がいいかもな。行くとこねえならうちで世話してやろうか」


「あのー……」


おずおずと、アテナが話に割り込む。番頭の口から楊枝が落ちた。


「はじめまして、うちのショータ君がお世話になってます」


番頭がいきなり俺の首根っこを掴み、アテナから離れた場所まで移動した。


「あまり汗くさい手で俺に触れるな。臭いがついたらどうする」


「そんなこたあどうでもいい。誰だあれ、見ない顔だが、とんでもない別嬪だな」


鼻の下を伸ばしやがって、下半身に支配された猿め。アテナに指一本でも触れさせてなるものかと、俺は意気込む。


「あれは神官だ。神に仕える者だぞ。頭が高い」


「へー、よくわからんが、竜神様みたいなものかい」


番頭はありがたそうに手を合わせ、アテナを拝んでいる。それどころか、小銭まで進呈した。


「じゃあな、ご両人。暗くなると、鬼が出るから気をつけた方がいい。昨日も茶屋の娘が行方不明になったって聞くぜ」


番頭の忠告に、背筋が寒くなった。あれは俺がやったんじゃない。リヒターが……、いや、現場に居合わせたのは事実だ。このまま黙っていてもいいのだろうか。


突っ立ったままでいると、アテナが手を握ってきた。握る強さから、俺を放さないという意志を感じる。


「アテナと一緒にいれば、鬼もへっちゃらだよ」


俺は吹き出してしまった。アテナは俺が鬼に怯えていると勘違いしている。怖いのは、大切な存在が奪われることに対する痛みなんだがな。まだアテナには難しいだろう。


地図で示された場所は、よく手入れされた庭の付きの平屋だ。屋根付きの門からツツジのような花が咲いているのが見えた。表札には墨で、藤間と書いてある。以前から疑問だったが、リョクメイ国では漢字が当たり前のように使われている。多少字体が異なっているが、読むのに支障はない。


「ごめんくださーい」


アテナが大声で呼びかけても返事がない。俺は生け垣から敷地内を覗いてみた。乗りかかった船だ。どんな家か確認しないと落ち着かない。


庭には井戸があり、家の裏手は崖だ。縁側に老婆が座っていた。総白髪で、かなり高齢と思われる。俺と目が合うと、皺に埋まったような目を見開き、怒鳴りつけてきた。


「コラー! 何見てるんだい、悪ガキ」


背伸びしていた俺は老婆の不意打ちに、よろめく。幸い、背後にいたアテナに抱き止められて助かった。


「どうしたの?」


「鬼ババアだ。俺から離れるな、アテナ」


なんてことだ。鬼がアテナの住居で待ち伏せしている。刀も持っていないし、対抗できるかどうか。


「誰がババアだって」


勝手口からババアが出てきた。背筋は伸びているし、歩くのも早い。あっと言う間に近づいてきて、俺の耳をつねった。


「ここは公方さまから与えられた由緒正しい土地だ。お前みたいな身分の低いわっぱがうろついていい場所ではないわ!」


「わかった! わかったから、離してくれ。俺は神官を連れてきた冒険者だ」


釈明すると、離してくれた。それでも老婆は疑わしそうに、俺を眺め回している。耳がひりひりする。ちぎれるかと思った。


「で、神官ってどこにいるんだね」


俺がアテナを指しても、老婆は鼻で笑うだけだ。


「こんな若い娘が神官なわけないだろ! もっとましな嘘つきな」


「あのぉ、本当なんです。今日からお世話になる神官のアテナです」


アテナが自信なさげに手を上げると、老婆は目を瞬かせ、軽く顎を引いた。


「あんたを試したのさ。あたしは大家の藤間しの。よく来たね、お入りよ」


俺の役目はここまでだな。長屋に戻ろうとすると、アテナに引き留められた。


「もう帰っちゃうの? 一人にしないでよ」


縋るような目で見つめられると、断りづらい。鬼ババアと二人きりにするのも不安だしな。


「そっちの小僧も一緒に暮らすのかい? 聞いてないよ」


ババアが舌打ちしそうな顔で振り向いた。中を改めたら帰ると言おうとしたが、アテナが強い口調で言い返した。


「この子と暮らします。お金ならあります」


アテナはハンドバッグの口から、小判をちらつかせた。ババアは食い入るように見つめ、それでも体裁を気にしたの言い訳がましく口をすぼませた。


「まあ、払うもん払ってもらえばこっちは文句ないけどね」


アテナの独断は、俺の退去を困難にさせた。どういうつもりか訊ねる。


「だってショータ君行くところないでしょ。エチカちゃんだって生活苦しいんだし、アテナが面倒みてあげる」


何も考えていないようで俺のことを考えてくれている。


神官のサポートの一環だろうが、やけに手厚い。エチカに甘えるつもりはなかったが、アテナの側にいた方が情報が集めやすいのは確かだ。


「きゃっ、ショータ君、蜘蛛がいたよ」


アテナは庭にいた蜘蛛に悲鳴を上げた。


少々頼りないが、そこは目をつむろう。俺も新人冒険者だから釣り合いは取れている。


ついで、土間から板の間に上がろうとする際に、アテナは靴のまま上がり込もうとした。


「靴脱げ! どういう教育受けてきたんだい、全く」


藤ばあに叱責され、アテナはさめざめと俺に泣きついた。やはりこいつを一人残しておくことはできない。腰を落ち着ける覚悟を決めた。


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