砦の鼠
リョクメイ国を発って、半日の距離を移動した。
砦は、海岸近くの高台に建設が予定されている。数キロに渡って柵が張り巡らされ、領土の侵犯を監視する。
俺と竜王、エチカの三人は海岸を見回るものの、獣人の発見には至らなかった。
「この世界にも海はあるのだな」
仕事の最中だが、眼前を見晴らす大海原に胸が躍る。
肌に張り付く潮風と、寄せては返す波の運動、浜辺の松林に、久方ぶりの解放感を覚えた。
エチカは、俺と暮らす家の設計図を砂浜に描いている。夢があるのはいいことだ。だが、その規模だと二人で暮らすには広すぎて現実味が足りないぞ。
「こらー、遊びに来たんじゃないんだよ。緊張感を持って」
竜王が俺たちの気の緩みを注意するが、当の本人が波打ち際で遊んでいる。このまま何事も起こらなければ単なる日帰り旅行で済む。だが、楽観的な俺の期待はすぐに打ち砕かれる。
砦の方で狼煙が上がった。獣人襲来の合図だ。
「おいでなすった」
竜王は臨戦態勢になり、水平線に目をこらす。海上にいくつかの船影があるのを、俺の目も捉えた。緊張が走る。
対して、こちらに水上を移動できる手段はない。どういうつもりか、竜王は海上に歩を進めていた。
「じゃ、行ってくるね」
右足を踏み込み、海上スレスレを跳ねるように飛んでいった。竜王の背中はどんどん小さくなり、やがて見えなくなる。
兵は拙速を尊ぶ。
上陸を許すつもりもないのだろう。竜王の向かった先の船影がいくつか消えた。
「……、俺たちにできることはなさそうだな」
汗を拭って戦闘の余波を紛らわせていると、エチカがいなくなっている事に気づいた。
辺りを見回すと、離れた松の側に立っている。エチカの頭上では、ウミネコがやかましく旋回していた。
「……、臭い」
エチカは脇目も振らず、石垣を飛び越えた。俺はその背中に呼びかけるのが精一杯だ。
「おい! どこに行く」
「ショータはそこにいて」
切羽詰まった声を残し、エチカは砦の方角へ消えた。花つみに行ったなどという悠長な思考は持ち合わせていない。何か不測の事態が起きていないだろうか。竜王が戻るにはまだ時間がかかりそうだ。俺はエチカの言葉を鵜呑みにできず、後を追った。
建造中の砦は、台地に木柵を巡らしただけの場所にあった。まだ足場が残り、遠目からでも脆弱姓が手に取るようにわかる。
エチカはここに入って行ったと思われる。足を踏み入れて妙だと思ったのは、人の気配がない。そればかりか、蜘蛛の糸のようなものが進路を妨害するように張り巡らされている。異変が起こったのは疑いようがない。
物見台にさしかかった時、エチカの姿を見つけた。
エチカと向かい合うように、黒い修道服を着た人物が立っている。
エチカは斧を上段に振りかぶって襲いかかるが、たやすくかわされる。さらに大型武器の反動をつかれ、腹に拳を叩きこまれる。エチカの口から血がこぼれた。手負いに怯まず頭突きを繰り出すが、修道服は空を舞うような奇妙な動きで砦の屋根に飛び乗る。
普請の最中だけあって、材木は豊富に準備されている。本来なら固定されているそれらが、どういわけか宙に浮かんでいた。
間を置かず、エチカの頭上に材木が雨霰と降り注いだ。耳を聾する轟音と震動で目を開けていられない。
「あっ……!?」
俺は思わず、物見台の陰から身を乗り出してしまった。それを見逃すほど敵はお人好しではない。
「あら……、鼠がもう一匹」




