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あの桜はまだ燃えているか  作者: 濱野乱
あの桜はまだ燃えているか 承前
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女王のお出まし

 

「女王陛下が、こちらにお見えになります……」


 歯の根が噛み合わないほど震えながら、マルラームが流れた歌の意味を伝えた。この国は家格で身分が決まる。マルラームと女王では口を訊くことすら許されないほどの差があるのだ。無礼があれば、刑罰の対象にもなりうる。


 女王の肖像画が曲がっていないか、窓が汚れていないか神経質になるのも頷けた。


 マルラームは室内を点検するため右往左往する中、エチカに目を留めた。エチカは寝起きのような格好で木のスプーンをくわえている。


「エチカさん、お着替えしましょう」


「え、別にこのままでよくない? チェスカとは友達だし」


「いいから! 行きますよ」


 マルラームはエチカを連れ去って、荒々しく扉を閉めた。


 女王のお出ましは、この悲惨な状況を訴える好機とも言えた。ショータがこの館に軟禁されて一ヶ月が経とうとしている。そろそろ展開は煮詰まってきているはずだ。教団が国境地帯に集結しつつあるという情報も掴んでいる。


 本当ならすぐにも打って出たい。グラナダ軍の指揮は低いが、好戦的な教団はいつ動いてもおかしくないのだ。教団に先手を打たれてニーベルンデンの首都にまで戦火が拡大する可能性もある。


 ニーベルンデンの主戦派もそれを恐れ、先制攻撃をしかけるべきだと主張している。


 反対に女王は静観の構えを見せ、グラナダが仕掛けない限り、こちらからは仕掛けないと宣言していた。


 現女王は暗殺や謀略などを駆使し、かなり強引なやり方で王位を手に入れたという噂だ。血なまぐさい噂の絶えない彼女にしてはやけに慎重で、近臣からも疑問の声が噴出しているらしい。


 氏族間の結束は必ずしも強くない。女王は主戦派を押さえるのに苦労していると聞く。ショータを閉じこめておくのも、主戦派に担ぎ出されるのを避けるためだろう。


 きっかり五分後、女王の到着が告げられた。

 箒星のように美しく手入れの行き届いた尻尾

 をなびかせ、颯爽とチェスカルーヤは現れた。

 

 女王と腹心のアナがゲストルームに通されると、事前に待機していたエチカが女王に駆け寄る。服は、黒のワンピース型ドレスに着替えさせられていた。


「チェスカ!」


 部屋の外にいるマラームははらはらしていた。この国の最高権力者を気安く呼ぶのはエチカを置いて他にいないだろう。


 頭二つ分は大きいチェスカを押し倒すような勢いで、エチカはハグを繰り返す。


「おお、エチカ。わらわの手作り眼帯を使ってくれとるのか。よく似合っとるぞ」


「えへへ、これカワイー、また作ってよね」


 チェスカはエチカが大のお気に入りで、趣味の手芸品を贈っていた。戦争の導火線ともいえるエチカだが、政争の道具にならないように匿っているのも寵愛の証なのかもしれない。


 ゲストルームには革のソファーが三つと、中央に木のテーブル。扉から見える位置に、女王の肖像画がかけられている。ショータが遅れて入ってきて、女王より先に、ソファーに座った。


 目に余る非礼を、アナが見咎める。


「ショータ殿。女王の前ですよ」


「よい。ショータは大切な客人。頼もしいではないか。のう?」


 くくっと、チェスカは牙をのぞかせる。アニメモ相手の交渉で下手に出ればどこまでもつけ込まれることをショータは身を持って知っている。不遜なくらいで丁度いい。


 女王とエチカが座ってから、ショータが口火を切る。


「ようやく僕の力が必要になったかい?」


「そうならん事を祈るよ。お前の力が必要になる時には、我が国存亡の危機となろう。ま、それは永劫ありえぬがな」


 女王の余裕はどこから来るのだろう。いくら戦上手のニーベルンデンとはいえ、最高ランクの冒険者を複数有する教団は脅威のはずだ。チェスカは王位についてまだ日が浅い。状況を理解できていないのではいのかと不安になってくる。


「……、カトーをあまりなめない方がいい。教団が動けばどれだけ犠牲が増えるかわからないんだ。今すぐ僕を前線に送って欲しい」


 女王は、本日二杯目のザクロジュースに口を付ける。


「聞くところによると、そなたはカトーと因縁があるそうじゃな。S級といえども、私情からは逃れられんと見える」


 ショータは膝の上で拳を握る。郷愁はとうの昔に捨ててきたはずなのに、過去に囚われているのは確かだ。言い返すだけの材料もなく、正論を述べる。


「エチカをこちらに持ち込んだのは僕の責任だ。国境で食い止めれば被害は押さえられる。頼む」


 頭まで下げたにもかかわらず、女王の視線は冷たい。


「くどい」


 女王はショータを頼みを却下し、エチカと世間話を始めた。主に流行のファッションについて熱心に訊ねている。


 ショータは顔を上げ、直訴を続けた。


「このままでは国境沿いの町が狙われる。教団がよくやる手だ。暴動を起こしてその隙に……」


 女王は三日月のように細めた目でショータを牽制し、信じられない言葉を言い放った。


「だから、何じゃ?」


 無辜の民が傷つこうと何も感じないのか。それが為政者の言葉か。ショータは嘘がつけない。この場にふさわしい行動が取れない。剣のような殺気が部屋に満ちた。


「ショータ殿ッ! 御免!」


 護衛の役を果たそうとアナが飛び込み、ショータの細腕を押さえ込もうとする。


「やめんか!」


 もし女王が止めなければ、ショータは隠していた脇差しでアナを傷つけていた。軟禁生活で神経が逆立っているにしろ、やり過ぎになってしまう。


「……、ショータよ、そんなにも仇が討ちたいか」


 エチカが心配そうに女王とショータを見比べている。大丈夫だと目で伝えたが、あまり効果はなかった。


「己のために力を振るう者は勇者ではない。かつてこの国に仕えたザクセンという男の言葉じゃ」


 ショータは、消え入りそうな声で女王に反論する。


「僕は勇者じゃない。組織も仲間も全部失ったんだ。自分のために力を振るうしかないじゃないか」


 女王は既に腰を上げ、アナに扉を開けさせていた。


「そんな面がまえでは戦わせるだけ無駄じゃ。そなたを犬死にさせるわけにはいかぬ」


「いつまで待てばいい。それだけでいいから教えてくれ」


「機を待て。以上じゃ」


 女王との謁見はいつも一方的に打ち切られる。その度にショータは見捨てられた気分を味わうのだ。

 

「ショータ……」


 エチカが最大限に気を遣い、ショータの足下に座っている。弱々しい笑顔で応えるのが精一杯だった。


「大丈夫。エチカを教団には渡さない」


 エチカは耳まで真っ赤になり、壁際まで逃避した。


「にゃ、にゃによ、今更……、ショータなんか知らない!」


 エチカは転がるように部屋を出ていった。すれ違ったマルラームは怪訝そうな顔をした。


 エチカもたまには役に立つ。大切なことを思い出させてくれた。今の自分は一人ではない。気分を入れ替えた事でショータの顔にも情感がよみがえってきた。


 友人に返信する必要を感じた。ひとまず無事だけでも知らせておくべきだろう。


「えっ……!?」


 ショータは絶句した。相手にメッセージが送れない。何度同じ動作を繰り返しても、表示されるのは決まって同じ文言だった。


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