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あの桜はまだ燃えているか  作者: 濱野乱
りゅうおうのおしごと
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最低の再会


提灯の明かりを見ると、竜王と出会った日を思い出す。あの日は確か祭りだった。


だがここは、タルタロスとかいうわけのわからない世界だ。来る前は後悔しないと誓ったのに、早くも決意が揺らいでいるぞ。しっかりしろ俺。 


自分を叱咤しながら堀の脇を歩いていたら、暗くなってしまった。街灯もないため、あまりぐずぐずしてもいられない。長屋に戻ろうとした矢先、前を歩く町娘が何かを落とした。市松模様の巾着だ。


俺は巾着を拾って後を追った。落とし物を手渡すと、娘は微笑んだ。目尻にほくろがある。


「ありがとう。坊や」


礼代わりなのか俺の頭をまめやかに撫でて、娘は立ち去った。


坊やか。今日の所は否定しないでおこう。


長屋には明かりがついていない。竜王たちは出かけたのか。置き去りにされたのは悔しいが、顔を合わせるのをできるだけ遅らせたかったから好都合だ。


引き戸を開けると、ぎくりとした。土間に見知らぬ人物の姿が浮かび上がっている。白いローブに、暗いので顔立ちまではわからないが、スタイルが良いのは雰囲気でわかる。


「わきゃっ!」


不審者は猿のような変な悲鳴を上げ、尻餅をついた。驚かせてしまったようだ。俺が部屋を間違えた可能性もある。確認しに外に出ようとすると、丁度竜王が戻ってきた。


「あ、おかえり。思ったより遅かったね」


「おう……」


竜王は朝の沈んだ様子とは違い、すっきりした顔をしている。


「はっちゃんとは会えた?」


「ああ」


竜王の後からエチカが提灯を手にやってきた。桶と手ぬぐいを持っているから、銭湯にでも行って来たのだろう。


「医者はもう帰ったのか、リリス」


「……、私の名前、はっちゃんに聞いたの?」


竜王は警戒心も露わに聞き返す。


「そうだが、水くさいじゃないか。名前くらい」


「今まで通りでいいよ。名前で呼び合うほど親しくないでしょ」


俺を押し退けて、長屋に入る竜王。こんなにクールな奴だったかな。


こちらの世界に来てから竜王との壁を感じる。少しは心を開きかけてきたと感じたのは錯覚なのだろうか。


「それより、あれ何?」


竜王が親指で示した先には、瓶を被った不審人物が四つん這いになっている。


「俺が聞きたい。お前等の知り合いじゃないのか」


不審人物は這うように土間をうろうろしていた。エチカが瓶を奪おうとするが、頑強に抵抗している。


「いたいいたい! やめて、お腹殴らないで、うごっ!」


エチカの執拗なボディーブローに耐えかね、不審者は悶絶した。


「だめだよ、エチカ。手足を狙わないと、情報が聞き出せないじゃん」


「ごめん……」


俺は二人の物騒な会話を聞き流し、瓶を外した。その瞬間、光が俺の目を射る。女のセミロングの金髪があふれただけだが、整った鼻筋も相まってつい見とれてしまう。


「あれ、この人……」


竜王が何かに気づいたように不審者の顔をのぞき込んだ。


「起きて、ねえ」


頬を平手打ちすると、女は意識を取り戻し、飛び上がった。


「やだあ! 良い子にするから殴らないで」


「うん、良い子に暴力を振るったりしないよ。私は正義の味方だから」


竜王を味方だと判断したのか、女は倒れ込むようにしがみついた。


恐怖のせいか子供じみた言動が目立つ。しかし、この女、見覚えがあるぞ。誰だったかな。


「貴女はもしかして神官じゃない?」


「はい……、お師匠の代わりに貴女の担当になったアテナです。挨拶に来たの」


青い目に涙を溜めて自己紹介すると、気が安らいだらしく、体が弛緩している。エチカは疑わしそうにペンチを握って見下ろしていた。


「そうだったの。タマ先生から聞いてるよ。出来の悪い弟子がいるって。これからよろしくね」


アテナは鼻を啜りながら、竜王と握手をかわした。


「アテナ?」


俺が名前を呼ぶと、アテナはぎくしゃくとした動きで戸口に向かおうとする。


「と、とにかく挨拶は済ませたから。またね!」


俺は逃げるように外に出たアテナを追う。既知に出会った興奮で驚嬉する。


「俺だ! ショータだ。久しぶりだな。というかお前AIじゃないのか。どうしてここにいるんだ」


アテナは泡を食ったように振り返り、俺を糾弾し始めた。


「それはこっちの台詞だよぉ! 配置換えしてもらったのに、また会うなんて」


顔を覆ってさめざめと泣き始めた。よくわからんが良心の呵責を感じるぞ。


「何があったのか話してごらん」


竜王が同情を示すと、アテナは俺から性被害を受けたと洗いざらい告白した。


「胸を触られたり、卑猥なことを言われました」


「それはセクハラって言うんだよ。本当なの?」


画面越しだったとはいえ、一部事実が含まれるから、とっさに否定しようがない。竜王は失望したようなため息をついて一言。


「最ッ低」


露骨に嫌悪され、胸が痛む。いつも俺に味方していたエチカですら、軽蔑に近い視線を俺に投げかけてきた。


反省はしているが、いたたまれない。俺はその場から走って逃げた。


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